ティベリウスの判断

 翌日、帝国軍は僅かに後退し陣形を整え直していた。

 ヴァロワ方の戦力が主力たる騎兵を使えないことを好機と捉えた帝国軍は攻勢に出たが皮肉にもその騎兵により奇襲部隊は壊滅の憂き目をみた。

 一万五千いたはずの部隊は既に一万を大きく割り込んでいた。


 「思ったよりも堅牢じゃのぉ」


 奇襲から流れを掴んでのオルレアン南岸奪取を企図していたティベリウスは、どうしたものかと頭を悩ませていた。

 戦力では既に四千近い差が出ておりもはや攻めることは出来なかった。


 「援軍が来るまで目算どれくらいじゃ?」


 ティベリウスは臣下のもの達に問う。


 「ここオルレアンから帝都に辿り着くまで八日、軍隊の招集に三日、帝都からオルレアンまで十三日程でしょうか」


 最後の一押しの頃に援軍が到着するというつもりでいたが戦闘は僅か二日で大勢が決することとなった今、余りにも援軍来援までの時間は長かった。


 「となればリグリアまで退却するのが理想じゃな」


 犠牲と成果を天秤にかけたティベリウスは、もはやオルレアンに留まる必要はないと判断した。


 「よろしいのですか?」


 ティベリウスが何の成果もないままの撤退を決断したことに居合わせた指揮官達は驚いた顔を浮かべた。

 だが故郷から遠く離れた地で、それも敗北必至の戦場で死ぬ可能性が無くなったことに安堵した。


 「構わぬ。リグリア領内で態勢を立て直す。さすればヴァロワの軍隊など鎧袖一触よ」


 自身の築きあげた軍隊に絶対の自信を持つティベリウスの目には既に次の勝ちが映っていた。

 三万を越す大軍による再侵攻、止めれるものはそういない。

 まして疲弊しているヴァロワ単独では勝ち得ない。

 よって帝国の最終的勝利は揺るがない。


 「退却の用意をせよ!リグリアに早馬を出すことを忘れるな!」


 ◆❖◇◇❖◆


 「退いていく……」 

 「帝国軍は諦めたのか……?」

 

 昨日、あれだけ苛烈な攻めをみせた帝国軍が一転して粛々と撤退していくのだから、兵達は動揺した。


 「ティベリウスは援軍と合流し態勢を整える、そんな腹積もりなのでしょう」


 ヴェルナールはティベリウスの目論見を看破していた。


 「となればどの辺になるのだ?」

 

 コンデ公がヴェルナールに尋ねるとヴェルナールはしばらくの間、地図と睨み合いやがて結論を出した。


 「リグリア公国領内でしょう」


 ヴァロワと帝国に挟まれた小国、それがリグリア。

 国の主な収益は通行料によるもの。

 帝国からヴァロワ方面に移動する物資及び人間は、戦争状態でもなければ冬でも絶えない。

 軍隊であろうと通行するためには通行料を支払わねばならないはずだ。

 となれば今回ヴァロワに侵攻してきた帝国軍は一時的にリグリア領内の通行権を買っているはずであり、通行権を持たないヴァロワ方の軍隊を気にせず友軍と合流を果たせるだろう、それがヴェルナールの見立てだった。

 再侵攻のために態勢を整えるのならば、なるべく戦場に近い場所の方が何かと合理的だというのがその根拠。


 「となると我々の手の及ばない所ではないか」

 「つまり我々が行動を共にするのはここまで、ということでしょう」


 コンデ公の発言を受けて納得したような口調でコリニー将軍は言った。


 「貴方達には勝手に国軍から逐電した罪と王命に逆らいヴァロワ領内で戦闘を行った反逆罪の罪状がある」


 ヴェルナールがニヤリと笑って言えば二人は顔をひきつらせた。


 「となれば最後まで国家のために尽力し許しを乞うのが筋でしょう」

 「だがしかし手が出せないのだぞ?」


 コンデ公はヴェルナールに、ならばどうするつもりだ、と問い掛けた。


 「手が出せるようにすればいいのでは?」

 

 ヴェルナールがその場でさらりと書いた一通の書簡をノエルに手渡す。


 「これをお前の配下の者を使ってリグリア公に届けてくれ」

 

 既に内容を知るノエルは苦笑いを浮かべながら恭しくそれを受け取った。


 「そこには何と?」 

 「まぁそのうち嫌でも分かりますよ」


 ヴェルナールは、上手く二人を抱き込み帝国軍を壊滅させるための手筈を整えつつあった。

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