血染めの日

 「放てぇぇっ!」


 ズダダーン、ズダダーン

 一面の白銀世界となったオルレアンを血で染め直すかのような激しい戦闘が繰り広げられていた。

 激しく攻め立てる帝国軍はオルレアンの市街地から鉛玉や矢による洗礼を受け、オルレアンに篭もるヴェルナール達もまた激しい銃火を浴びていた。

  

 「頼みの綱の騎兵が使えないのが辛いな」


 昨夜の雪で積雪したオルレアン一帯、馬が雪に足を取られるからと騎兵の使用は避けていた。


 「彼我の損失比で言えば帝国軍の方が上でしょうから先に息切れを起こすことは間違いありません。ですがそれまでこちらも息が続くかどうか……」

 

 コリニー将軍は困ったような表情を浮かべた。


 「向こうはそれを知って強気に出ている。大方、援軍要請でもしてあるでしょう」

 「つまり今後、これ以上の敵を相手にすることになると?」

 「当面、その心配はしていませんがね」

 「どういうことでしょう?」


 ヴェルナールは国境に貼り付けた間諜達の腕に期待を寄せていた。


 「援軍要請の使者は、今頃は骸になっていますよ」


 白海に面した街道は、雪が降ることはなく通年往来が可能。

 帝国とヴァロワとを結ぶ南の街道は、リグリア公国を通る一本のみ。

 となれば一刻も早く帝都に入りたい援軍要請の使者はその街道を通らざるを得ない。

 そこに警戒網を敷いていたのだ。


 「情報漏洩を防いでいる、ということですか?」

 「平たく言えばそういうことです」


 故に敵の援軍がすぐに来る可能性は極めて低い、それが間諜達を信頼するヴェルナールの考えだった。


 「敵勢、退きます!」


 気がつけば耳が麻痺しそうな程に聞こえていた銃声は静かなものになっていた。


 「先に息切れしたのは敵の方だったか?」


 夥しい量の骸が雪原を朱に染め上げる。

 誰もがその光景を見て気を抜いたその時―――――。


 「「うおぉぉぉぉぉっ!」」


 突然、後ろから喚声が聞こえだした。

 

 「何事か!?」

 「どうした!?」


 兵士達が慌て出す中、ヴェルナールは状況を冷静に把握した。


 「アヴィス騎士団、すぐさま奴らを川に押し返せ!」


 帝国軍は正面で攻勢を仕掛け注意を引いている間に川から後背への強襲を行うことを画策していたのだ。

 アルフォンス軍はすぐさま行動に出た。


 「川に落ちやがれ!」

 「これ以上の侵入は許すな!」


 川から街へ侵入を果たしたばかりの帝国軍に対しそれまで控えていた騎兵達が馬上から槍を突き出す。

 銃騎兵達が鉛玉を馳走する。

 そして冬の川面へと突き落とすのだった。

 一旦は退却した南面の帝国軍が再び攻勢に出るが、そもそも頭数として今日の防衛戦力に数えられていない騎兵達が後背の帝国軍に対応する形となったので防衛戦闘に影響は出ない。


 「やめてくれ、落とさないでくれ!」


 岸壁に追い詰められた帝国軍兵は、背中に川面から立ちのぼる冷気を感じながら命乞いをするがアルフォンス兵は容赦しなかった。

 槍で突き或いは蹴落とし、水面へと彼らを落とす。

 武器を持っている以上、敵は敵だった。

 後背を突く帝国軍の喚声が静かになると外から激しく攻め立てていた帝国軍は、事態を察したのか退却を始めた。

 その日、それ以上の戦闘が生起することはなく日没を迎えた。

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