リグリアにて

 「随分と降ったんだな」


 遮蔽物がわりに崩した家の屋根から見渡せるオルレアン一帯は、一面白銀の世界へと変貌していた。

 昨日までの白い斑模様だった地面が嘘のように白い。


 「今日は騎兵は使えないか」

 「しっかり積雪してますね」

 

 軽やかな足取りで屋根へと登ってノエルが傍へとやってきた。

 そして隣に座ると大きなブランケットで俺と自身とを包む。


 「ありがとな」


 ノエルは湯気の立つカップを差し出した。

 

 「先程戻った手の者によれば帝国軍の兵力は一万程度までに落ち込んだようです」


 「補給部隊と行動を共にしている千五百を除いてか?」

 「そうです」

 「そうか……」


 だとすれば昨日の戦闘で三千五百余の敵を殺す、または重傷を負わせたわけだ。


 「単純兵力ではこちらが勝っているか」


 補給部隊を守る千五百を加えたところで、こちらの有利は変わらない。

 だがこちらもまた、積雪により騎兵部隊を使えなくなってしまっている以上、条件は対等かこちらがやや不利といった所か……。


 「暖かい……ですね」


 そう言ってノエルは俺を見つめた。

 ブランケットの中は二人の体温で心地の良い温度だった。


 「そうだな……もう少しこうしててもいいか?」


 まだ陽光は僅かに東の地平から姿を現したばかり、動き出すまでにはまだ時間がある。

 というのは建前で、本当のところはノエルとこうしていたい、そう思った。


 「いいですよ?それでは私も失礼して」


 ノエルは俺の肩に頭を預けた。

 

 ◆❖◇◇❖◆


 ――――リグリア公国――――


 「不正入国者だ、通すな!」


 黒い双頭の鷲の紋章旗を掲げる五人の一団がリグリアの国境警備隊を跳ね飛ばして国境の検問を駆け抜けた。


 「我々には通行権が与えられていませんが?」


 それを追う黒い外套を纏った三人のうち一人が言った。


 「構わん、帝国領内に入るまでに彼奴らは殺す!そのためには手段を選ぶなというのがノエル様のお達しだ!」

 

 リーダー格の男を先頭に三人もまた国境を通り抜ける。

 その間に彼らは周囲の馬を短弓で射た。

 追手おってを馬に乗らせないための対策だった。

 甲冑を纏う騎兵よりは甲冑を纏わぬ三人の方が優速、彼らは帝国騎兵の一団のすぐ後ろにつけた。


 「貴様ら!ヴァロワか?アルフォンスか?或いはウェセックスの者か?」

 

 騎兵の一人が後ろに向かって叫ぶ。

 ノエル麾下の間諜の頭目はその声を聞いてニヤリと口角を吊り上げた。


 「それを聞いてどうする?」


 頭目は騎兵達と同じ言語で問い返す。


 「なぜ貴様がカロリングの言語を使えるのだ!?よもや貴様は裏切り者ではあるまいな!?」


 相手の心を乱そうと問いかけたはずの騎兵の男、だがしかし実際に心を乱されたのは騎兵達自身だった。


 「直線に入った、射殺してやれ」


 頭目は馬の手網をとったまま巧みに短弓を構えた。

 そして矢を引き絞るとすぐさま放つ。

 あとの二人もそれに続いて二人を落馬させた。

 そして一旦手網をとり馬を操るとまた短弓を構えて矢を放つ。

 援軍要請に帝国へと向かった騎兵五騎はすぐさま矢を受け落馬した。

 五騎全てを落馬させるとその傍へと馬を寄せ彼らは短剣を抜く。


 「やめろ……まだ死にたく――――ゴヒュッ!?」

 

 そして喉へと容赦なく突き立てた。


 「死体は適当に道脇の森へと遺棄しておけ」


 何か重要な物を所持していないか、それだけを確認すると手際よく甲冑を外し森へと遺体を運び込む。

 もはや手馴れたその動作、彼らにとってその光景は日常茶飯事だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る