師と教え子
「ぬかったか!」
アルフォンス騎兵を追いかけることしか意識していなかったベンヌート率いる帝国騎兵の立場は逆転、追われる形となった。
自身の失態を悟ったベンヌートは苦虫を噛み潰したような表情をした。
だが、今更後悔してももう遅い。
切り替えて目の前の事態に的確に対処することにした。
「後背の敵は六百程度か……」
冷静になったベンヌートは、だいたいの数を見抜くと対応するべく指示を飛ばす。
「後ろの敵は寡兵だ!半数は後ろに向き直り相手をしてやれ!」
自身の指揮下の騎兵は千五百弱、エレオノーラの持ち帰った情報による新兵科の銃騎兵はしかし練度が低いため馬上槍を持たせての参戦となっている。
「残りの半分はこの場に立ち止まり、来襲するだろうアルフォンス騎兵に備えよ!」
自分がアルフォンスの側なら挟撃しに行く、その想定を元にベンヌートは残りの半数をアルフォンス騎兵の迎撃のために待機させた。
もはや陽は暮れ夜の帳が降りている。
帝国騎兵達は生憎、夜戦を知らなかったがアルフォンス騎兵はイリュリアにおける一連の戦闘において夜戦の経験を培っていた。
それを考慮した上での判断でもあった。
だがそれは危険な選択となってしまう。
「放てぇーっ!」
アルフォンス騎兵とプロテスタリー騎兵による挟撃を想定しアルフォンス銃騎兵達は既に想定される場所へと移動していたのだ。
足を止めたところにいきなり横合いから鉛玉を浴びせかけられる。
しかも止まっている相手に対しての銃撃は精度がいいのだ。
眩いばかりの
「各個にて撃て!」
後背を突かれ左右から挟まれ――――まもなくして帝国騎兵部隊は完全なる四面楚歌に陥った。
ヴェルナール率いる騎兵主力が方向転換して戻ってきたのだ。
「おのれ、アルフォンス!騎士道精神をも介さぬ愚か者が!」
「等しい条件による戦闘は犠牲が増えるばかりで何も生まない」
ヴェルナールは静かに答える。
だがその声は戦場の怒号に銃声にかき消されてしまった。
「騎士道精神など不要な産物だ。そもそも闘争そのものがお世辞にも褒められたものでは無いのだからな」
戦争は外交の最終手段に過ぎず、歴史、文明といったそれまで積み上げてきたものすらも壊しかねないそれは、何も生まないことをヴェルナールは知っていた。
「せめて来世は、何にも縛られないことを願うばかりだ」
無常の銃声により落馬してゆく老練の騎兵指揮官にヴェルナールは、祈るように言った。
ヴェルナールの士官学校時代の教官だった男の死にヴェルナールは黙祷を捧げた。
「知り合いだったのですか?」
アンドレーが横合いから尋ねる。
「士官学校時代のな」
「これでよかったのですか?」
遠慮がちなアンドレーの問いにヴェルナールは、
「それは俺にも分からない」
憂いを帯びた表情で言った。
だがそれも束の間、ヴェルナールは表情を厳しいものへと変えた。
「敵が武器を置くまでは容赦不要!これは戦だ」
戦は戦、ヴェルナールは割り切っていた。
◆❖◇◇❖◆
「終わったか」
包囲網の一箇所を突破し脱出を図ろうとした敵に対し想像を僅かに上回る犠牲を出すこととなったが、横たわる無数の帝国騎兵の亡骸を前にヴェルナールは満足そうな表情を浮かべた。
養成、運用に長い時間と手間と多量の資金を必要とする騎兵戦力を壊滅させたことは今後の帝国との戦争を見据えていく上で最良の成果といえた。
「損害の集計が終わりました。我らアルフォンス軍の死者、重傷者は二百四十八騎。明日以降の戦闘に参加可能な兵力は五百八十ほどです」
カトリコス勢力の騎兵部隊も帝国騎兵相手に数を半減させていた。
「むしろ、この程度で済んだことは喜ぶべきだ。死んでいった者達は、丁重に葬ってやってくれ」
死者、生者にかかわらず、戦の傷を覆うように或いはかき消すように真っ白な雪が降り出した。
その夜はオルレアン一帯にしては珍しいほどに雪が積もった。
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