機動戦

 「敵が三手に分かれたか!」


 帝国軍騎兵部隊を預かる壮年の男、ベンヌートは予想外のアルフォンス騎兵の動きに一瞬たじろいだ。

 だがベンヌートは戦慣れした帝国騎兵の指揮官、迷いは一瞬で判断は早かった。


 「正面の敵主力を叩く!雑魚など放っておけ!」


 主力を叩けば大勢は決する、それがベンヌートの判断だった。

 教本セオリー通りの堅実な判断。

 だがヴェルナールは敵戦力を前に部隊を複数に分けるという定石破りの判断だった。


 「見事に引っかかってくれたな」


 ヴェルナールはほくそ笑むと馬に鞭をくれた。


 「さて、銃騎兵達の射線へ誘導するぞ!」

 

 ヴェルナールは軽騎兵と重騎兵を率いて駆け出す。


 「逃すな、終え!」


 ベンヌートも逃すまいと馬足を速める。

 だが寸刻の後、その表情には後悔が滲んだ。


 「放てぇーっ!」


 銃騎兵を率いる部隊長の大音声だいおんじょうとともに両脇から無数の破裂音が響き渡った。

 脇腹を撃ち抜かれる者、足を撃たれる者、馬を撃たれ落馬する者、三百の鉛玉は帝国騎兵の隊列を横合いから容赦なく襲った。

 倒れた馬に後続の騎兵がつまづくという連鎖も見られ、命中した銃弾以上の被害が及んだ。

 五十近い騎兵が脱落を余儀なくされたことにベンヌートは焦りを覚えた。


 「臆するな、我らはアルフォンスの重騎兵より優速なのだ!必ずその背にこの槍を突き立てよ!」


 それでと兵士達を鼓舞してベンヌートは、手網を握り続ける。

 発砲を終えた銃騎兵達は二十秒程で再装を済ますと再び駆け出した。


 「あの丘の麓を回るぞ!」


 もう一度、銃騎兵の斜線に敵を誘い出すそれがヴェルナールの目論見だった。

 そしてヴェルナールは、もう一つの罠をはっていた。

 アルフォンス騎兵、ヴァロワの近衛騎兵、アレクシアの騎兵が一体となり攻勢を仕掛ける戦場、もう一つの騎兵戦力は丘の森に陣取っていた。

 ひとまとまりとなった漆黒の一団は、大きく旋回し始める。

 

 「ここで進路を変えると言うのか!?」


 丘を迂回すれば真正面からの潰し合いであり後背をとっている今の優位は捨てざるを得ない。

 それならば、とベンヌートは追走を決めた。


 「罠が刺さるなぁ、これは」


 ヴェルナールは後方の確認を怠らない。

 舞い始めた雪を払い除けながら走り続けた。


 ◆❖◇◇❖◆


 「大型弩砲バリスタは潰れた!銃兵も分散した!今こそ打って出るときだ!」


 大盾を構えカトリコス勢力部隊、近衛兵団の歩兵部隊が前進を開始する。

 

 「敵の右備えは崩れたぞ!このまま押し潰せ!」


 アルフォンス騎兵を追って帝国騎兵が本隊を離れたことを知ったアレクシアは、ますます強気に出た。

 日が沈みかけ、寒い夜が訪れようとしてはいたが戦の火は今しばらく鎮火しそうにはなかった。

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