激闘、オルレアン

 「なんだあれは……?」


 帝国軍の眼前で大勢の人間が酒を酌み交わし賑やかな音楽とともに踊り始めた。


 「陛下!敵が我らの陣の前方であのようなことを!」

 「全くもって安い挑発じゃが、我らを愚弄するような行いは到底看過できるものでなし。どうせこの戦い我々が勝つのだから、どちらから仕掛けるかなど些事に過ぎん」


 ティベリウスがそう言うとすぐさま居合わせた指揮官らは


 「ユグノーとそれに与する者に正義の鉄槌を下せ」

 「あの愚か者共を撃て!」

 

 などと命令を下した。

 重装歩兵の盾に守られるようにして銃兵達は射撃の用意に取り掛かる。


 「連中、撃ってくるぞ!木盾の用意をしておけ!」


 酒を酌み交わしてなどいないプロテスタリー勢力の兵士達、酌み交わしていたのはただの水だった。

 そして足元には木製の大盾を置いていた。

 素面のままに彼らは冷静に演技をし冷静に射撃を待っていた。

 そして彼らの部隊長達は冷静に帝国軍の陣地を観察していた。


 「そろそろか」

 

 静まり返った帝国軍陣地を見た将兵は誰ともなしに囁く。


 「構えぇーっ!」


 有効射程より僅かに外にいても射撃用意を告げる声は届いた。

 そこからは間合いの読みに全てがかかっている。

 極限にまで高まっていく緊張感に包まれながらも兵士達は演技を辞めない。


 「今だ!」

 「放てぇーっ」


 二つの声は重なった。

 張り詰めた緊張の糸を切り裂くかのような銃声が耳朶をつんざく。

 すぐさま盃を手放し木盾の内側の取手を手に取り、それを引き起こす。

 銃弾の貫通を許さぬ木盾は立ち上がると、無数の銃弾を阻んだ。


 「引き上げだ!」


 当初の目的を果たした彼らは盾で身を守りながら最小限の犠牲に留めて街へと退却した。


 ◆❖◇◇❖◆


 「見事という他あるまいな」

 

 帝国軍の第一射撃は、作戦開始の全ての合図。

 ヴェルナールは愛馬タナトスへ颯爽と跨った。


 「では、各々抜かりなく」


 ヴェルナールはアレクシアやコンデ公、コリニー将軍に向けてそう告げると自身の騎兵達の先頭へと立つ。

 アレクシアもまた近衛兵団の騎兵やファビエンヌ騎兵の元へと向かった。

 コリニー将軍は、コンデ公に見送られながら歩兵達の指揮を執るべく徒歩かちのまま歩兵達の中に消えていった。

 

 「軍楽隊、雄々しく戦場へ向かう兵士達に勇ましい音色を奏ろ!」


 コンデ公の命に、登場したばかりのヴァイオリンが華やかな音色を奏で打楽器は勇ましいリズムを叩きだした。


 「敵歩兵、来ます!」


 指揮官らの報告にティベリウスはニヤリと微笑む。


 「銃兵を持たぬ時代遅れの軍隊など、屠ってやれ」


 大陸で初めて銃を開発し運用した国家、カロリング帝国。

 その総帥たる皇帝ティベリウスは、銃に絶大なる信頼を置いていた。


 「公開しても遅いぞ?時代遅れの愚物どもが」


 ティベリウスは暗い笑みを浮かべて前方の戦場を見つめるのだった。

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