影と影

 「む、敵が退いていく……?」


 帝国軍将兵たちは対岸の異変に気付いた。

 

 「この意図、今ひとつ理解しかねるな」


 さしものティベリウスもこの段階での撤退に違和感を露にした。


 「敵がアルフォンス軍だとするならば、我が国の一歩として退かぬ姿勢を知ったことで交戦を避けるべく撤退を決意したのでしょうか」


 第一皇子トンマーゾがティベリウスの顔色を覗うように言った。

 

 「それもあるかもしれんが他の可能性もあるやもしれぬのぉ。あの者らを呼べ」

 「かしこまりました」

 

 ティベリウスはアルフォンス軍を尾行することにしたのだ。


 「我々は動かないのですか?」


 放った追手の背を見ながらトンマーゾは尋ねる。


 「もう陽も傾きかけておる、今日はこのまま体を休め明日、オルレアンを目指すとしようぞ」


 仮にアルフォンス軍がヴァロワからの撤退を決断しなかったとしてもそれは些事でしかない、ティベリウスはそう考えていた。


 「彼らがアルフォンス軍だったとするならば、オルレアン入りは先を越されるのでは?」

 「本当に我が国との交戦状態を望むと思うか?」


 ティベリウスの中にはどこかヴェルナールに対しての侮りがあった。

 所詮は小国、そしてヴェルナールは若造であるという侮りが。


 「それは……望まないかもしれません」


 トンマーゾは、どこかティベリウスの言葉には懐疑的になりつつも父たるティベリウスの手前、反論することはしなかった。


 ◆❖◇◇❖◆


 「つけられている!?」


 ノエルはアルフォンス軍の動向を注視する視線に気づいていた。


 「お前達、残らず討ち取るぞ!」


 ヴェルナールと共に行動していたノエルではあったがすぐさま街道の脇に広がる森へとすぐさま姿を消した。

 アルフォンス軍が通り過ぎて暫くすると三人組の農夫と二人組の旅人が通り過ぎていく。

 後方をゆく旅人の一人にノエルは短弓による矢を浴びせた。

 狙いは極めて正確で、その首に勢いよく突き立つ。

 それを合図に次々と街道の両脇からノエルの配下が飛び出しすぐさま白兵戦さながらの光景となった。


 「女が舐めてくれるなよっ!」


 ノエルに男が斬り掛かかれば、その小柄な体を活かして相手の懐に飛び込み喉笛を斬り裂いた。


 「女と思って侮ったか……間抜けだな」


 治療することもままならないほどに深く短剣を突き立て掻き乱す。


 「新兵器の存在を警戒したが、まだ実用化には至ってないか……」


 ノエルはカロリングの追手の懐を腰元をくまなく探りながら言った。


 「ノエル様、新兵器というのは?」

 「……拳銃ピストイアという飛び道具だ」


 軍同士の戦闘の影で行われたもう一つの戦いは、アルフォンス側の圧勝だった。

 しかし、新兵器の影はすぐそこまで迫っていた。


 

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