決心

 「なっ……よもや父上は……っ」


 南岸から鳴り響く戦鼓の音にエレオノーラは言葉を失った。


 「残念だがそういうことらしい。ここらが潮時だな」


 ヴェルナールは淡々と事実を受け入れた。

 ヴェルナール達がいるのは川を挟んで睨み合う両軍の間、もはや一刻の猶予もない。


 「なぜお主はそう淡泊でいられるのじゃ!」


 涙目でエレオノーラはヴェルナールへと縋りついた。


 「元々覚悟していたこと、それが現実になっただけのことだ」


 ヴェルナールとて一度はエレオノーラの案に可能性をかけたのだ、失敗は残念だった。

 だが、事態は動いた。

 失敗を嘆いている暇など既にないのだ。

 ヴェルナールはエレオノーラを自身の馬に引き上げると駆け出した。


 「しっかり掴まっていろよ」


 三百の騎兵は一塊となって駆け出す。


 「エレオノーラを連れてこい」

 

 ティベリウスは、自分の娘を逃がす気はなかった。

 放っておけば何をするか分からない娘なのだ。

 或いは何か大きなことを成し遂げそうな、ティベリウスはそんな気さえしていた。


 「御意!」


 三百の騎兵を追って五百の騎兵が陣を飛び出す。


 「チィッ……厄介な!」


 この数日、何度目か分からない舌打ちをするとヴェルナールは、手綱を引き絞り半円を描くように進路を変更した。

 それにつられて追う帝国の騎兵達は、アルフォンス軍の有効射程内で横腹を晒すこととなった。


 「弓箭兵、放てぇっ!」


 アルフォンス軍陣地から騎兵の数と同数、或いはそれ以上の矢が勢いよく放たれる。

 そしてヴェルナール達を追いまわす帝国の騎兵部隊を横殴りに襲った。


 「敵の射程内まで誘導されたか!退けぇっ!」


 一方的な猛射により目に見えて数を減らしていく帝国の騎兵部隊は、蜘蛛の子を散らすように自陣へと退却していく。

 晒された骸の数は二百を超えており、これが緒戦となったのだった。


 ◆❖◇◇❖◆


 「ヴェルナール、妾は決めたぞ」


 エレオノーラ達の陣地へと戻るとタナトスから降りる間際、エレオノーラは言った。


 「何をだ?」

 「妾は国へ戻る」

 「国へ戻ってどうする?」


 ヴェルナールは静かに尋ねた。


 「そうじゃな……帝位でも奪取ろうかの」

 「本気か?」

 「本気じゃ」


 交差する二人の眼差し。


 「はははっ」


 暫く見つめ合うとヴェルナールは笑った。


 「なぜ笑うのじゃ?」

 「お前ならそんな大それたことでも出来そうな気がしてな」

 「そうか、出来そうに見えるのじゃな?」

 「あぁ!」


 ヴェルナールが頷くとエレオノーラは嬉しそうに微笑んだ。

 そして、振り向いたままのヴェルナールの唇を奪う。


 「別れの口付けではない、また会うための約束じゃ!」


 ほんの一瞬、唇を重ねたかと思うとエレオノーラは馬を降りた。

 ほんのり漂った春の風を振り払うようにしてエレオノーラは、自身が連れて来た者達を見やる。


 「お前達、方針転換じゃ。これより帰還する!」


 ヴェルナールは親友のこれからの奮闘を心から祈ったのだった。

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