ルネティナ橋にて(2)

 

 「火矢をつがえよ!」


 ルネティナ橋の北岸に到着したヴェルナールは早速指示を飛ばした。


 「たったそれだけの兵なのか?」


 物言いたげなコリニー将軍がヴェルナールの横で嫌味のように言う。

 だがヴェルナールは、その言葉を無視して眼前の敵のみを見つめた。


 「各個にて放て!」


 鏃に油に浸した布を巻き火をつけると敵へと放つ。

 もはや彼我の距離は詰まっており、さして狙う必要もない。

 普通の矢では、さしたる痛痒を与えられない。

 それならいっそ敵の纏う外套を燃やしてしまおう、そういう考えだった。


 「も、燃えたぞ!」

 「熱い熱いッ!」

 「近寄るな!」

 「か、川へ飛び込め!」


 密集隊形で橋を渡ってきた敵に対して、面白いように効果は出た。

 外套を伝って、甲冑の隙間から中へと燃え移り兵士を焼き殺す。

 敵は盾を放り出して、燃えた外套を地面に押し付けて、或いは燃えてない外套で覆ったりして火を消そうとする。

 更には川へと飛び込む者も出始めた。

 川に飛び込めば、甲冑が重く水面に浮上することは出来ない。

 その間にも火矢は敵の退路を塞ぐように敵の後方へと放たれ続ける。


 「よし、今が絶好の好機ぞ!押し出せぇぃっ!」


 さすがは将軍まで上り詰めた男、コリニーは機を見るに敏だった。

 コリニーの命令を受け、体勢の崩れたヒスパーニャ軍に対して剣や槍、戦斧を持った兵士達が突撃していく。

 実戦を知らない者が多いヒスパーニャ軍が一度崩れた体勢を簡単に立て直せるはずもなくそこから先は一方的な展開だった。


 「ひ、退けぇっ!」

 「進むも退くも地獄だ!」


 倒れた兵士に突き立ち燃え上がる炎が退路を塞ぐ。

 目の前で焼け死んだ仲間を見た彼らに燃える後方へ退くという選択肢は容認し難いものだった。

 だが目の前には得物を手に襲い掛かる敵兵が迫っている。

 そんな状況に追い込まれたヒスパーニャ兵のとる行動は、多少の犠牲に構うことなく背を向けて逃げることだった。


 「敵が逃げるぞぉ!」

 「カトリコスの連中共を一人でも殺すのだ!」


 夥しい量のヒスパーニャ兵の骸が転がる橋の上、その骸を踏みつけながらプロテスタリー教徒達は武器を手にして橋を渡る。

 だが、カトリコスの側も一方的に叩かれているわけではなかった。

 既に橋の南岸では、新たな部隊が戦闘の用意を整えていた。

 

 「調子に乗ったユグノー共が来たぞ!それ、押し戻せ!」


 橋上のヒスパーニャ軍が橋を渡り終えると入れ替わりで別の部隊がプロテスタリー教徒達の目の前に立ち塞がる。

 二度目の攻守逆転だった。


 「退けぇっ!」


 背中を追っていた側が気づけば背中を追われる側になっているという事実にコリニーは、下唇を噛んだ。


 「貴殿の弓箭兵にも橋を渡り来る敵に矢を放ってもらいたい」


 横にいるはずのヴェルナールにコリニーは声をかけるが、既にヴェルナールとその兵はその場から去っていた。

 ヴェルナールは当初の目的を達するべく動いていたのだ。

 

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