第152話 疑い

 迎えた翌日の朝、選帝侯たちの顔には戦慄が走っていた。

 

 「ノエル、現場に証拠になりそうなものはあったか?」


 ヴェルナールは小声でノエルに尋ねる。

 するとノエルは申し訳なさそうな顔で首を横に振った。


 「いえ……」

 「そうか……マズイな……」


 ヴェルナールは焦っていた。

 なぜなら死んだ人物が二人とも自分と対立関係であることから殺しを疑われると感じたためだ。

 昨日の夕刻にはヴェルナールがバルバロッサの命を奪い、そして今朝には北プロシャ選帝侯が死体で発見されたのだから。


 「誰だよ……最悪のタイミングで北プロシャ選帝侯を殺したのは!?」


 バルバロッサを殺した昨日で、適当な理由をつけて会議を終わらせてしまえば良かったか?と思ったがもう後の祭りだった。

 

 「多分、最も怪しまれるのは俺だよな……?」

 「閣下は過日の戦争で北プロシャ選帝侯と敵対していましたから、間違いなくそうでしょう」


 ノエルとそんなやり取りをしていると近寄ってきたのはバンベルク司教だった。


 「ヴェルナール殿の企てではないのでしょう?」


 そうヴェルナールに尋ねたバンベルク司教の顔には半信半疑と書かれている。


 「もちろん私の犯行ではないのですが、それを立証する術がないので困っているところです」


 ましてアルフォンス公国には優秀な間諜が多いため、間諜を用いて殺害を企てたのでは?と疑われてもおかしくない。


 「どうするのですか?」

 「今ちょうど悩んでいるところですね」


 ヴェルナールは内心焦りながらも、ノエル以外の他人に向けては余裕を見せている。

 焦れば焦るほど犯行を疑われることを意識しての行動だった。


 ◆❖◇◇❖◆


 案の定、選帝侯会議においてヴェルナールは北プロシャ選帝侯の殺害を疑われていた。

 

 「貴方達は私を疑っておられるようだが、それは至極的外れであることをこの場で申し上げておきましょう」

 「アルフォンス公、貴方の犯行でないことを立証できるものがあるのですかな?」


 アオスタ公アメデーオがヴェルナールを問い質す。

 ヴェルナールは顔一つ変えることなく答えた。


 「ありません。ですがこの中に誰も立証できるものを持っている人はいませんよ?全員に動機となりうるものがあるのですから。例えばそうですね、アオスタ公の場合には救世軍を裏切ろうとした過去がある」

 「それのどこが殺しの動機になるのだ?」

 「アオスタ公、貴方がカロリング帝国に臣従する構えを見せておきながら、異心あることをティベリウス殿は知っているようなので、言ってしまいましょうか。例えば、北プロシャ選帝侯ラウエンベルク殿は次期法皇候補としてもっとも有力なタルヴァン卿の派閥に属していましたね。それを殺すことでコルネリウス卿を次期法皇候補として推挙しているティベリウス殿がタルヴァン派閥の力を削ぐために殺したと見せかけることが出来る。これによりカロリングに異心ある貴方は、カロリングの威信は傷付けることができます」


 ヴェルナールが滔々と語るとアメデーオは怒りのあまりに顔を赤らめ

 

 「言いがかりだ!」


 と吠えた。


 「それならば貴方が私を疑うその言葉もまた言いがかりと言えましょう」

 「派閥が生み出す対立の構造。ここにいる誰もが叩けば埃が出るということか」


 ティベリウスが髭をしごきながら言った。


 「えぇ、誰もがです。そして会議を行っている場所は、プロテスタリーを国教とするヘルベティア共和国。もはや立証出来るものがない分、ここにいる誰もを疑うことができるのです」


 ヴェルナールによって自らが臣従する相手の前で貶められたアメデーオは歯ぎしりした。


 「これ以上は水掛け論、今日のところはこれで終わりにしませんか?」


 ヴェルナールと対立関係にあった二人の人物の死に参席者は皆、ヴェルナールを疑ったが証拠がないので糾弾することが出来ずその日の会議も何ら議題についての意見を交わすことなく終わった。

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