第106話 アッルヴィアーナからの退却
「むっ…なんだあれは?」
アッルヴィアーナの街が包囲下に置かれてから何度となく敵の総攻撃を受け、既に万を超える死傷者を出し希望を失っていた第二皇太子フィリベルトの目には、丘を駆け下りる一団が映っていた。
「はて……援軍の話など聞いてはなかったが……」
横でぼんやりと眺めているのは第一皇太子のトンマーゾだ。
「いや、あの動き間違いなく我々の援兵だ!」
フィリベルトの目は光を宿した。
「兵共と諸侯に出撃の用意をさせろっ!」
家臣らにそう命じるとフィリベルトは、街の中央にある尖塔へと登った。
もちろん、その一団というのはヴェルナール率いるアヴィス騎士団とエレオノーラ麾下の近衛兵団だった。
千余の神速の騎兵が、アッルヴィアーナに籠るカロリング帝国陣営軍を助け出すべく包囲するイリュリア大同盟軍へと突貫していた。
「有象無象を蹴倒していくこの感じ、たまらんのぉ!」
ヴェルナールが騎兵突撃の先頭にいるのはいつものことだが、エレオノーラも自らも剣を振り回しながら楽しそうに馬を走らせていた。
「敵歩兵を密集させるな!密集した場所は回避しろっ!」
口早に指示を出しながら、ヴェルナールは槍をつけて来た敵の槍騎兵の首を削ぎ落とす。
「合流させるな!歩兵は纏まって抵抗しろ!」
敵もまた、騎兵突撃の目的に感ずきそうはさせじと兵を動かす。
「歩兵を纏まらせるな!銃騎兵放てぇっ!」
歩兵が纏まりつつある所へ銃をホルガーから抜いた騎兵が鉛玉を撃ち込む。
集まっていた歩兵達は独楽鼠のように倒れていく。
重騎兵の破壊力に銃騎兵が新兵科として加わったことにより、アルフォンス軍の騎兵突撃には、さらなる磨きがかかっていた。
凄まじい破壊力をもって敵の包囲網を突き破り、千余の騎兵はアッルヴィアーナ市街へと入った。
近づく部隊がはっきりしてところで、出迎えの準備をしていたフィリベルトとトンマーゾが小走りでやってくる。
「おぉ、エレオノーラではないか!」
「援兵が来たぞ!」
そして四人は対面した。
「両皇太子殿、今よりジュリア・アルプスに退きますので支度をお早く!」
開口一番、ヴェルナールが急かすような口調で言った。
ヴェルナールは、包囲網にあけた穴が塞がらないうちに撤退をしたかったのだ。
「そうじゃ、ヴェルナールの言う通り、兄上たちは早う支度を致せ」
「おぉ、挨拶が遅れて申し訳ない。わざわざの救援、痛み入る」
フィリベルトが丁寧に頭を下げた。
「親友であるエレオノーラ殿の頼みで断り切れませんでした」
ヴェルナールはにこやかに笑って言ったが、本当のところは銃のこれ以上の輸出はしないぞ?と脅されていた。
だがそれをこの場で言うほど、野暮ではない。
「でかしたな!エレオノーラ!」
フィリベルトがエレオノーラの肩をポンと叩いた。
一方のトンマーゾは、他人が褒められるのが面白くないのか無表情のまま黙って我関せずの姿勢をみせていた。
「ではヴェルナール殿、数分いただけるかな?」
「分かりました」
フィリベルトとトンマーゾは、甲冑を着てくると言ってそれぞれの宿所へと去っていった。
◆❖◇◇❖◆
高らかな喇叭の音色と共に、二万数千の軍勢がアッルヴィアーナからの退却を開始した。
先頭を行くのはもちろん、騎兵部隊だ。
騎兵部隊で開けた穴を他の兵科が走りながら通り抜けていく。
「なっ、横っ腹を突け!」
敵も黙って見てるわけがなく、縦に伸びた隊列の側面を遅いに来る。
しかし、彼らはカロリング帝国軍の銃兵や弓箭兵の餌食となるしか無かった。
何しろ、今では互いにほぼ同数となった軍勢同士だ。
一度、簡単にカロリング帝国軍の退却を止められるはずがなかった。
「何やら、脇から食われてるようですな」
トリスタンが音だけで判断しながら言った。
「助けに行けば、我が軍の兵力が損なわれるは必定。それに必要最低限の犠牲ではある。まだ許容範囲だ」
ヴェルナールは、自分の兵が傷むでもなし。
冷静に判断していた。
だがエレオノーラは、何度も心配そうに後ろを振り返っていた。
「騎兵で蹴散らしても良いかのぉ?」
上目遣いでヴェルナールに許可を求めるが、
「多勢に無勢で死ぬぞ?」
にべもなく断られるだけだった。
そんな調子で二万数千の軍勢は、ツェルノクとトルミンの峠へと分かれ、どうにか山を越した頃には新たに千五百程の犠牲が出ていた。
「妹に聞いたところによれば、救世軍を編成しオストラルキへの攻撃も行ってくれているとか……この礼、必ずいつか返そう」
フィリベルトは、感謝の言葉と共に深く頭を下げた。
「そう言って貰えて、国から最精鋭を連れて来た甲斐がありました」
「これから我々は、反転攻勢を行うつもりだ。ヴェルナール殿には是非見守っていて欲しい」
フィリベルトは、言外に自国で始めた戦いに他国をあまり付き合わせたくないと言った。
それを受けてヴェルナールは首を横に振った。
「戦う必要はありません。間もなく停戦交渉になると思います」
「それはどういうカラクリで?」
「そのうち分かりますよ」
ヴェルナールの浮かべた不敵な笑み理解することなく時間が経過し言葉のとおり、イリュリア大同盟軍側からカロリング帝国軍へと使者が駆け込んだのはその三日後のことだった。
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