第97話 幕引き

 「我らアルフォンスの領内に無断に立ち入ったベルジクが今更どの面下げてここへ来たのですか?」


 砦に設けられた指揮所でベルジク軍の使者とジルベルトは対面していた。


 「その件につきましてはご迷惑をお掛けしているのは、こちらも心を痛めております。その上で、我々の不始末は、我々で片をつけると申し上げているです」


 ジルベルトの元を訪れたのはロヴァンジール討伐と二千の兵を率いて来たリーニュ公爵の使いの者だった。


 「領土侵犯したロヴァンジール伯の軍勢は千に満たないと聞き及んでいます。それ故、貴殿らの力を借りずとも我らで対処可能ですのでお引取りを」


 ジルベルトは、毅然とした態度でリーニュの申し出を断った。

 というのも鉱山を奪取するためのベルジク側の思惑に気づいたからだった。

 ロヴァンジール伯を筆頭とするエノー州貴族が反乱を起こし、その軍勢が討伐軍に追われる形でアルフォンス公国領へと侵入し鉱山を占拠してしまう。

 そして後から来た討伐軍が、さらなる兵を鉱山へ送り込むことにより鉱山を実効支配しようというのがボードゥヴァンの用意した芝居の筋書きだった。

 その目論見を看破したジルベルトが急いで来たためどうにか間に合ったが、あと一歩遅ければ砦には二千程のベルジク兵がいて奪い返すことができなかっただろう。


 「しかしながら我々としても反乱の首謀者であるロヴァンジール伯を捕らえねばなりませんのでここを退く訳には参りません」

 

 使者はベルジク軍は居座るつもりなのだと言った。

 

 「ですからこの問題は我々だけでの――――」


 使者とジルベルトが押し問答を続けていると指揮所の外が騒がしくなった。


 「木戸を開けられたし!」

 「ここは我々アルフォンス公国の領内である。即刻退却されたし!」


 木戸を巡って双方が武器を構えて睨み合っているのだ。

 このままでは双方の衝突で血を見るのは火を見るより明らかだ。


 「我々を通していただけないのなら、押し通るまでのことです」


 使者は、そう言って畳み掛けるがもはや水掛け論だった。


 「ならばなおさら通すわけには参りません」


 力に訴え出れば相手の対応は硬化するのは世の常とも言えることで、例に漏れずジルベルトもまた対応を硬化させた。


 「これ以上は、時間の無駄のようだ。失礼させていただこう」

 「それが懸命な判断でしょうね」


 使者の男は、立ち上がると踵を返して指揮所を後にした。


 「絶対に彼らを通さないようにしてください」


 それからというもの、武器を決して使わないようにという戦争を回避するための双方の意思が働いた奇妙な光景が繰り広げられた。

 ベルジク軍が木戸をなぎ倒そうとすると銃兵が空砲を撃ち、ベルジク兵を散らす。

 ベルジク軍が梯子を立てかけ柵の内側に無理矢理入ろうとすれば梯子に火をつけ使えなくした。

 まるで軍事演習かと思わせるほどに双方、相手を殺すために武器を使おうとはしなかった。

 しかしこれには、慎重な性格であるジルベルトも業を煮やした。

 それ故に彼は、


 「軍を退くなら捕虜の変換を行い、軍事演習という形で、此度の一件は処理しましょう」


 と、ベルジク軍を率いてきたリーニュ公爵に提案を持ちかける形で事態の収束を図った。

 強気だったベルジク軍も、これ以上得るものはないとわかるとその提案にのり、兵を退くことを了承し周辺諸国に軍事演習を行ったと喧伝する形で幕引きとした。

 だが、アルフォンス公国国民の感情がベルジク打倒に傾くのは時間の問題だった。

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