第73話 二人の出会い

 敵陣地にいた三千余部隊を潰走させるとヴェルナールは、部隊を纏めて東へ変針、上流でアングレーム隊と戦闘になっているシャルル陣営の部隊の横腹を突いた。

 突如湧いて出たヴェルナール麾下三千とアングレームの部隊との二正面戦闘を強いられることになった敵は、本陣にいた部隊が潰走したことを知るや、退却していった。


 「これでシャルル陣営に対してエドゥアール陣営が負けることもないでしょう。勝ち戦となった今がエドゥアール殿が名を挙げる好機、エドゥアール殿を前線へ招聘しましょう」

 

 戦闘終了後、幽鬼のように青い顔をしたアングレームに一方的に話をつけヴェルナールは、オルレアンを去った。

 そしてその二日後、ヴェルナールの姿はグラン・パルリエにあった。

 

 「ヴェルナール殿、貴殿の活躍は早馬で聞いておる!」

 

 エドゥアールは喜色満面だ。

 

 「それなら話は早いですね。もはや勝ち戦となったシャルル陣営との戦い、エドゥアール殿の初陣にはもってこいと戦場となっています。前線に行かれては?」

 「前線にかぁ……」


 ヴェルナールは面倒くさそうに言うエドゥアールをけしかける。


 「エドゥアール殿が前線に行けば、味方の士気は大いに上がり、貴殿への臣下の忠誠はいやが上にも増すというもの」

 

 戦場を知らない、いや政務を知らない或いは井の中の蛙でしかない権威の飾り物とも言える男をそそのかすことなど、ヴェルナールにとっては容易いことだった。


 「ヴェルナール殿が家臣だったらそう思うのか?」

 「それは勿論、主君に自らの働きをお披露目する絶好の機会、粉骨砕身働くでしょう」

 「臣下の気持ちというのはそういうものか!よかろうならばオルレアンへ参ろうか」


世の中を知らないヴァロワの王位継承者は、簡単に口車に乗せられた。


 「ヴェルナール殿にも随伴してもらえると心強くて助かるのだが?」


 エドゥアールは同意を求めるように言ったがヴェルナールは首を横に振った。


 「残念ながら一緒には行けません。私には、やることがあるので」

 「それは何だ?」


 怪しむような表情をみせてエドゥアールが問うと


 「アルモリカで独立を企む貴族連中と、ベルジクへの対応です」


 さも当然のことですとばかりに淀みなくヴェルナールは答えた。

 

 「そうか……残念だが不在の間、グラン・パルリエは任せたぞ」


 ヴェルナールの答えに納得したのか、それ以上の詮索はしなかった。


 ◆◇◆◇


 エドゥアールが五百余りの兵と共にグラン・パルリエを出立した翌日、トリスタンが二千の軍勢を率いてグラン・パルリエに入城した。

 平時であれば王家直属の近衛騎士団がいるのだが、ヴェルナールがオルレアンに行く際にベルジクの抑えを担っていた兵を引き上げたため、近衛騎士団がベルジクと対陣している。

 これでグラン・パルリエ内に残る兵力は、シャルル陣営が千五百、エドゥアール陣営が千、そして今まさにセルジュ陣営が誕生しようとしていた。


 「姉上、今から我々は、エドゥアール殿を裏切ります」

 「待て、ヴェルナール!それはどういうつもりだ!」


 唐突に告げられた衝撃の発言に、アレクシアはヴェルナールの胸ぐらを掴んで問い質す。


 「どうもこうも、初めから私はエドゥアール陣営に参加したつもりは毛頭ありません」

 「それはどういう意味だ?」

 

 誰よりも真面目なアレクシアは、ヴェルナールの剣を抜いてヴェルナールへと突きつけた。

 

 「お待ちください、ファビエンヌ伯!」


 そこに止めに入る者がいた。


 「こ、これはセルジュ殿下!」


 アレクシアは、突如その場に現れた王族へ恭しく臣下の礼をとった。


 「ヴェルナール殿には、私から頼んだのです」

 「それは、何故?」

 「兄や弟は、王位の座を己の権勢を高めるためのものとしか認識していないと思いました。それでは、長き戦争で衰退した文化や芸術の復興は不可能、更には民草に安寧な暮らしをもたらすことさえできない。私はそう考えたのです」


 憂うような声音で言ったセルジュに、ますますアレクシアは、頭を低くした。


 「でも私には自分の派閥はない。それ故にヴェルナール殿を頼ったのです。そしてアレクシア殿、貴女にも是非、助力してもらいたいのです」


 殿という呼び方をした敢えて対等な立場で、アレクシアに頭を下げた。


 「姉上、考えてみてもください。セルジュ殿と他の二人、どちらが良い治世となるかを。答えは明白でしょう」


 ヴェルナールに宥めるように言われるとアレクシアは、低頭していた頭を上げた。


 「私は、てっきりヴァロワの混乱を私物化するつもりなのかと疑ってしまった。すまないな」


 無自覚のアレクシアに、心を見透かされたのかとギクッとしたヴェルナールは、顔を引き攣らせながらも


 「そんなことは断じてありませんよ。セルジュ殿の考えに心を打たれ、ヴァロワのことを思い協力していたのです」


 そう言ってどうにか取り繕った。


 「私の忠義は、王個人へではなくヴァロワという国家に向けてのものです。それでも構わないのであればお味方仕りましょう」


 王族を目の前にして、「国のためにならないと分かれば裏切る覚悟もある」と言い切ってしまう、それが当代のファビエンヌ伯だった。


 「ありがたい、むしろその姿勢を貫き通し欲しいものです」


 そう言って笑みを浮かべるとセルジュは、アレクシアの手を取った。

 これが後にセルジュによるヴァロワ治世の中核となる女傑と英邁なるヴァロワ王として名を挙げる二人の出会いだった。

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