第72話 尋問

 アングレームとその麾下三千の将兵と諸貴族らが危機に陥っているのは、勿論ヴェルナールの掌上しょうじょうの出来事だった。

 そして当の本人も甲冑を身にまといオルレアンから一キロ下流の地点へと三千の兵と共に進出していた。


 「何やら上流の方が騒がしいのですが、もしや敵に察知されたのでしょうか?」


 ベルマンドゥワが頻りにロアール川上流の方を見ながら言った。


 「その可能性は否めないな」

 「では、救援に行くべきなのでは!?」


 慌てたように言うベルマンドゥワをヴェルナールは手で制した。


 「むしろこれは好機だと思わないか?」

 「というのは?」

 「敵は、アングレーム隊に夢中なのだから、本陣にいる兵は少ないと予想できる。つまりは、俺達の夜襲は成功するという考えだ」

 「それは確かにそうなのですが……」


 滔々とヴェルナールに説得されるのだがベルマンドゥワは不満気に言い募る。


 「いいか?ベルマンドゥワ伯、時として作戦の遂行には味方の犠牲がつきものなのだ。必要不可欠な犠牲の上に戦果が存在することは記憶に留めてくれ。その上で戦術を用いることで必要不可欠な犠牲を減らすのだ」


 ヴェルナールの言わんとしていることを悟ったのか、ベルマンドゥワは目を見張った。


 「ヴェルナール公の言わんとしていること、このベルマンドゥワも理解致しました」


 ヴェルナールの言いたいことというのは、「窮地に陥っているアングレームを救いたいのなら、本陣にいる敵を打破するのが手っ取り早い」ということだった。


 「というわけだ、さっさと突き崩すぞ!」

 「はいっ!」


 ヴェルナールは、進めと腕を振り下ろして指示を出すと自らも未だ雪解け水の流れる水面へと馬脚を突っ込んだ。


 ◇◆◇◆


 敵に見つかることも無く渡河を終えたヴェルナール勢は、一気にシャルル陣営の本陣へと軽騎兵を先頭に突撃を開始した。

 遠目にも見えるほどに灯りで照らされた天幕を目指して五百の騎兵が、二千五百の歩兵がひた走る。


 「て、敵襲!」


 見張りのシャルル陣営の兵士が半ば叫ぶように声をあげるが、そんな些細なことにはお構い無しに遮二無二、敵陣へと肉薄する。

 仲間の声に呼応して、バラバラと本陣に残っていた兵が出てくるのだが、三千余の突撃を前に出来ることなどなかった。


 「あ、灯りを消―――ごぶぉッ!?」

 「ヒィィッ!?来るなぁぁっ」

 「メルクール公爵様は何処におられるやっ!?」


 あっという間に混乱状態に陥ったシャルル陣営の本陣は、阿鼻叫喚の坩堝と化した。

 隣で切り裂かれた仲間が吹いた血潮に悲鳴をあげる者、武器も持たずに逃げようとした所を後ろから斬られる者。

 陣地は、ものの数分で死屍累々といった有様だ。


 「これは、敵からしたらトラウマものですよ」


 突っかかってきた一人を槍で串刺しにしながらアンドレーが言った。


 「アンドレー、指揮は任せる。俺は、メルクールに挨拶しに行ってくる」


 ヴェルナールは、そう言うと部隊から一人離れ、斬りかかってくる敵の返り血を浴びることもなく斬り伏せながら大天幕の前へと向かった。


 「メルクール殿は、いるかな?」


 まるで馴染みの店に入った常連客のような軽さで血濡れの剣をぶら下げて、ヴェルナールは天幕へと入った。


 「お、お前は何奴だっ!?」


 たまたまそこにいた貴族の一人が狼狽を露わにして似合わない剣を抜いて誰何するがをヴェルナールは、その貴族の手首を平打ちにした。


 「痛いッ!?」


 目にも止まらぬ動作に、日頃剣を取らない貴族は手首を抑えて悶絶するしかなかった。


 「お前は……もしやヴェルナールか?」


 そこに身を寄せ合う貴族を掻き分けるようにしてメルクールが姿を現した。


 「如何にも」

 「なぜ貴様がここに?」

 「夜襲の敵が一箇所からしか渡河しないだなどと誰が言った?」


 ヴェルナールの挑発的な眼差しにメルクールも全てを察した。


 「この俺が踊らされていたと……?」

 「ご想像に任せるよ」

 「そんなことが……そんなことがあってたまるかぁぁぁッ!」


 メルクールが剣を抜きヴェルナールへと斬りかかる。

 だが、それはヴェルナールも予見していたことなのか、簡単に弾かれてしまった。


 「おのれおのれおのれぇっ!」


 怒髪天を抜くほどに逆上したメルクールは、冷静さを欠いた剣戟を繰り出す。

 が、とおり一辺倒の攻撃など簡単にヴェルナールは見切っていた。

 そしてメルクールの持久力が音を上げたのか剣が鈍る。

 その瞬間をヴェルナールは見逃さなかった。

 メルクールの右腕をヴェルナールは斬り飛ばす。

 そして体当たり、メルクールを突き飛ばした。


 「こちらからも一つ訊こうか」

 

 剣先をメルクールの眼前へと突きつけるとメルクールは、剣先から顔を逸らした。


 「貴様に話すことなどありはしない!」

 

 ヴェルナールは、拒絶するメルクールを気にせずメルクールの頬に浅く剣先を走らせた。

 赤い血がじわりと滲み出る。


 「スヴェーア人を介してアングレームと、そしてベルジクと関係を持っていたな?」


 ヴェルナールと質問に強情にもメルクールは黙り続けるが、剣先を眉間へと押し付けられると重たい口を開いた。


 「そ、その通りだ……」

 「そうか。では二つ目の質問をしよう」


 冷えきったような声色を作るとヴェルナールは剣先を「余分な手出しはするな」とばかりに周囲の貴族達へと向けた。


 「ベルジクがシャルル陣営についたその見返りは?」

 「アルフォンスの領地……そして貴様とその妹の身柄……」


 頬から血をしたたらせながらメルクールは答えた。

 するとその答えに満足したヴェルナールは、

 

 「ご苦労だった」


 そう言って踵を返し天幕を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る