第70話 ピースが揃えば
夜が明けるとヴェルナールは、自身にあてがわれた宿所の様子を見に行った。
するとそこにはアングレームがいた。
「火災があったのですね」
「おぉ、ヴェルナール殿は無事だったか!貴公の様子を心配して朝からここへと来ていたのだよ」
アングレームの言葉に、何を今さら白々しいと思ったがヴェルナールは愛想よく笑顔を浮かべた。
「いや何、誰かに狙われている気がしたのですよ」
ヴェルナールは下手人がアングレームであることなど、とっくに気付いていたが敢えて言葉を濁して明言を避けた。
「ほぉ、いつ気づいたので?」
「アングレーム殿は、それを聞いて何とする?」
急に抑揚のない冷えきったような声音でヴェルナールは言った。
まるで、言外に気づいているぞ?と言うかのように。
「な、何となく気になったので言ってみたまでだよ……忘れてくれ」
慌てた様子でアングレームは、質問を引っ込めた。
「で、日も変わったので兵三千の指揮権を譲って頂きましょうか」
「あ、あぁ……」
再び愛想のよい笑顔を浮かべるヴェルナールにアングレームは了承するしかなかった。
「もし譲るつもりがないのならどうしようかと思案していたのですよ」
「そ、そんな真似はしないとも」
いまいち歯切れの悪さを感じさせるアングレームは、「所用を思い出したので失礼」と言ってヴェルナールの前から立ち去った。
立ち去るとヴェルナールは一言、
「なんとも御しやすい老人だ」
とアングレームを辛辣に評価したのだった。
◆◇◆◇
オルレアンを巡る攻防戦は小康状態を迎えていた。
五日間に及ぶ力押しにも近い戦闘は双方に甚大な損害を及ぼし打つ手無しという状況に陥っていたのだ。
「アンドレー、ロマンヌ語(ヴァロワ朝の公用語)が出来る遣いの者を用意してくれ」
エルンシュタットが東の隣国として存在するアルフォンス大公国としては、長いことヴァロワ朝領内に滞在するわけにもいかず、目的を果たすために行動を起こすことにした。
アンドレーが遣いとして用意した二人にヴェルナールは、いくつかの指示を出すと共に書簡を持たせると敵対関係であるはずのシャルル陣営へと走らせたのだった。
対岸にあるシャルル陣営の陣地へと着くとシャルル陣営の最有力貴族であるメルクール公に目通りを申し出た。
「お目通り、感謝します」
やや地方の訛りを感じさせるロマンヌ語で遣いの一人が言うと
「謝辞などどうでもよいから端的に貴様らの所属と要件を申せ」
メルクールは尊大な態度で応じた。
「はっ!我々はボードゥヴァン王より命じられて遣いにまかり越しました」
「ふん、前に来たのはスヴェーア人だったはずだが?」
訝し気にメルクールがそう言うと取り乱すことも無く
「彼らは、ヴェルナールの暗殺に失敗したと聞き及んでおります」
「リールから来た貴様らがなぜそれを知っているのだ?」
メルクールが暗殺失敗の事実に一瞬、驚いたような様子を見せたこと、ボードゥヴァンとスヴェーアに繋がりがあることをヴェルナールに報告すべく遣いの二人は脳裏に書きとめた。
ヴェルナールからされた指示というのは、
「こちらに伺う前に主君の命令でアングレーム公爵様の元へ立ち寄ったのです。アングレーム公爵様からの言伝も預かっております」
「そうか。ならまずはボードゥヴァン王の要件とやらを聞かせてもらおうか」
メルクールは、遣いの回答に納得したのか話を続ける意思を示した。
「要件はこの書簡にあると主君より伺っておりますのでまずは、こちらを読んでいただきたく思います」
務めて丁重な所作で差し出した書簡をひったくる様にとるとメルクール公は、それを読んだ。
内容を要約すると、ベルジク軍はアルフォンス軍と事を構えないこと、アルモリカ
半島の独立工作を行うことなどが書かれていた。
この目通りでミソなのは勿論、エドゥアール陣営の作戦を敢えて露見させることなのだが、敢えて遣い二人をアングレームの部下ではなく、ボードゥヴァンの家臣としたのには理由があった。
それは、ベルジクがどんな繋がりをもってこのヴァロワ継承権戦争に参加しているのかを明らかにするためだった。
そしてそれは、スヴェーアの者を介しての繋がりであることが判明した。
「書簡の件、了解したと伝えておけ。で、言伝というのは?」
突き返すように渡された書簡を大事そうに受け取ると遣いのもう一人の方が
「はい、今夜ここより二キロほど上流の地点で夜襲渡河を行うことをヴェルナールの発案で決定したどのことです」
そう言うとメルクールは小馬鹿にしたように
「暗殺にしくじり、ついにはヴェルナールの動向だけでなく作戦内容まで密告しに来たのか。」
そう言って嘲りの笑みを浮かべた。
「アングレームに伝えおけ、このメルクールがヴェルナールの鼻っ柱をへし折ってやるとな!」
メルクールの発言によりヴェルナールの疑問を解決するための全てのピースが揃ったのだった。
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