第35話 和平交渉
「これはこれはヴェルナール殿、しばらくぶりですな」
応接室の扉を開けた瞬間、にこやかな微笑みでもってボードゥヴァンが話しかけて来た。
彼は、どんなつもりでその笑顔を浮かべているんだろうか。
「こんな形で再開するとは残念でなりません」
何はともあれこれは俺の真意だ。
俺は、蝙蝠を貫くためにユトランド評議会で結論を出させないよう立ち回ったが、それに協力したボードゥヴァンの目的が
「目下、スヴェーア軍がユトランド評議会主導国であるダンマルクに侵攻している状況なので、時間の猶予はありません。早速、和平交渉に移りましょう」
ホランド側の交渉の席に着いたドレースが頷いた。
「和平交渉の席は用意したが結ぶとは行ってないぞ?」
ボードゥヴァンは、まだそんなことを言う。
「聞いたところによれば、糧食が無いらしいというのにどう戦うつもりで?」
「むっ……」
あくまでも間諜から報告を受けただけであって、実行したわけではない。
そういう態度を貫き白を切る。
「お主の命で、仕掛けたことでは無いのか?」
「私は、そのような命令を出したこともなければ聞いたことも無い」
糧食を焼かれたタイミングで、湧いて出た和平交渉の話。
疑うのも当然か。
「ほぉ……では、何処の国が仕掛けたと?」
「ユトランド評議会内の調和を乱すベルジクの行動を強制的に封じる策、ダンマルクが望みそうなことです。そう思いませんか、ドレース卿?」
イェンセンには、申し訳ないが、ここはダンマルクの責任にさせてもらおう。
ノルデン主義連合の勢力の拡大は避けたいところだが、
少しくらい不和がある方が、俺からしたら丁度いい。
団結が必要になったのなら、俺が音頭をとって纏めればいいだけのことだ。
「そうですね、この無益な戦いの早期終結を誰よりも願っているのはダンマルクでしょうから」
話を振ったドレースも俺の意図するところを察したのか、俺に同調してくれた。
「まぁ、そういうことにしておこうか」
三人のうち、二人が言うのならとボードゥヴァンもそれ以上は言及しない。
「では、本題に入るとしてまずは、ベルジクがどう代償を払うかが焦点となります」
ホランドにしろ
「一般的にいえば、領地の割譲や賠償金の請求でしょうね」
ドレースが具体案を示す。
「しかし、儂はどうも釈然としない。ホランドは、裏切って我が国に侵攻してきたという否定できない事実がある」
「裏切り……と申されるか?」
「そうよ、義の無い行動、今後ホランドは、肩を並べるに値しないと大陸中の国家に喧伝するようなものよ」
「ボードゥヴァン王、待たれよ。ホランドによるベルジク侵攻に際しては『同盟旗』が用いられている。よってこれは、ユトランド評議会陣営の総意ともとれる」
ドレースに助け舟を出す。
何しろ、俺も俺でホランドに助けられた側だからな。
「総意とは異なことを!儂がおらぬではないか!」
自国が含まれていないことにいきり立つボードゥヴァンだが、考えてもみれば当たり前のことだ。
「陣営内の調和を乱している当事国が含まれないのは当然とも言えよう。今回、戦争を起こしたことに関して言えば、貴国は見放されているとも言える」
「加盟の意思すら表明してない若造がほざきおる!」
さすがに、正論を容赦なく言われて耳に痛すぎたか?
冷静であるはずの野心家の逆鱗を踏んだらしい。
「ユトランド評議会陣営に面倒事を持って行って良いのなら加盟しますとも」
参加したくないんじゃない、参加出来ないのだ、という風にとれる発言をしておく。
「私がユトランド評議会陣営に参加すれば、もれなく帝国に干渉されるでしょうな。そもそも考えてみて頂きたい。私は現に、こうしてユトランド評議会に寄り添う姿勢を見せているつもりだ」
「仰る通りです」
ドレースが追従する。
彼はホランド王国の宰相だ、つまり彼の発言はホランド王国の考えともとれるわけである。
「ユトランド評議会陣営の国に攻められれば、他国に転がり込むのが普通。だが、私はこうして残っている。このことの意味を考えて頂きたい」
そう言うとボードゥヴァンは、黙り込んだ。
「妥当なところで言えば、我が国へはナミュール州の割譲、ホランドへは当面の間、リンブルフ州の委任統治といったところでどうかな?」
領土面積で言えば、二割にも満たない。
人口も同様でナミュール州が一割一分、リンブルフ州は七分で、やはり二割に満たない。
「リンブルフが得られるとなれば、我が国は国防の観点から助かります」
そう、リンブルフ州と隣接するホランドの国境は、完全な突出部となっていた。
だが、リンブルフを得ることにより国境線が安定するのである。
「……やむを得まい……」
渋々と言った様子で、ボードゥヴァンは了承した。
「理解を示して貰えて何より。異論あるようなら、もっと搾り取るつもりでしたので」
本音を言えば、もう一州くらいは貰いたいところである。
だが、鉱山を含む土地を得ることが出来たので、この辺りが落とし所と判断したのだ。
「では、署名を」
ドレースが取り出した紙に、ボードゥヴァンがサインすると和平交渉は纏まったことになった。
だが俺は、このときボードゥヴァンから向けられた怨嗟の視線に気付いていた。
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