作品1-5

 終えると金属片の写真の上を走る音が聞こえていたんだなと思った。そう思うと自分の息使いが耳に届いて、昼間と言うのに居間に聞こえるのはそればかりになってしまった。自分がいるようないないような、その一部始終を誰かに見られていて自分が他人に感じさえする。部屋が暗くなった。


 私はバツ印をなぞってその跡を消そうと思ったのであるが、どうしても白い線が残ってしまう。


「お願いお願い、お願い!」


 言いながら右腕の袖を指先まで伸ばして雑巾のようにして何度も拭ったのであるが、同じだった。いっそのこと写真立てごと捨ててしまおうかと思った。しかし写真に写る母の姿が目に入るとゴミ箱に捨てようとはとても思えなかった。


 いけないことをしてしまった。取り返しのつかないことをしてしまった。鼓動が喉を伝ってきていつまでも口が開いていた。


「違うよ。」


 そんな言葉が出たような気がする。何が違うのか、なぜそのような事を言ったのか自分でも覚えてはいない。庭にいる母と目があって、そして逸らされ、しばらくただ石のように突っ立っていることしかできなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る