第16話 安全な提案

 僕はヒツジを見た。さっきとは少しズレたところに寝かされている。


「と言うことはさ……やっぱり殺人犯がいて、そいつがその鈴を持っていったんだ」


 トラがこわごわと言うと、続けてネズミが冷静に言った。


「間違いないわね、それに……」


 ネズミが何かを摘まんで僕たちの目の前に差し出した。


「こんなものが刺さっていたのよ」


 その指先にはキラリと細く光る物があった。

 よく見えなかったのか、トラとイヌがネズミの指先に近寄った。

 

「こ、これは? 針か?」


 トラが疑いながら言うとネズミは頷いた。


「そう、背中に刺さっていたのよ、しかも真ん中に」

「なんで針が?」


 トラの問いにネズミは返した。


「多分だけど、犯人はこれを使って殺したんだわ」

「針で? 刺さっていただけだろ?」


 声を大きくしながらトラはネズミに言った。ネズミは感情を出さずに答えた。


「そうだけど、針だけで人を殺すとしたら、致命的なところに刺すか、毒を塗るか」

「毒?」


 そう言うと、トラは下を向いてヒツジを見た。


「背中には刺さっていたけど深くはなかったわ。だとすると」

「毒が塗ってあるってことか」


 トラがネズミの言葉の後押しをした。


「あっ」


 イヌが何か思いついたように声を上げた。


「じゃあ、ほかのふたりも針が刺さっているってことなんだね」


 イヌの意見にネズミは頷いて言った。


「恐らくね。彼らを調べたわけじゃないから断言はできなけど、確率は高いわね」


 ライオンはひとつため息を吐いてから言った。


「まあ、殺人犯がいるにしても、ヒツジさんをこのままにしておくのはかわいそうだと思います。ですから、もうしわけないですけど。どなたか毛布をもって来てはくれませこと」


 ライオンはマスターキーをポケットから取り出した。


「では、わたくしめが」


 トリがそう言ってマスターキーを受け取ると、ヒツジの部屋から毛布を持ってきてヒツジに掛けた。


「それで、どうする?」


 トラはうかがうように周囲に顔を動かした。


「今後のことですか」


 ライオンはそう答えてからうつむいた。


「あの、わたくしめにお考えがあります」


 唐突にトリが提案を出してきた。


「皆さまでひとつに集まっているというのはどうでしょうか」

「ひとつに集まる?」


 疑わし気にトラが言うと、トリは頷いた。


「ええ、どこか一か所に集まっていれば、誰が襲って来ても安全かと思いますので」

「そうね」


 ネズミがトリの意見に賛成した。


「トリさんが言う、一か所に集まっていれば、たとえこの中に犯人がいたとしても、全員で誰かを見張っていれば安全かもしれないわね」

「ほかの皆さまはどうですか?」


 トリの提案に、ほかの者は下を向いたしりして考えていた。


 一か所に集まっていれば安全か。確かにお互いが見張っている状態なら安全かもしれないと思う。だけど、本当にそれで安全が保障されるのだろうか。


 そもそも、どうやってヒツジは殺されたのか。僕がヒツジの部屋から出て直ぐにウサギの部屋に入る。そのあと、僕とウサギが話し合っているあいだにヒツジは殺された。


 犯人がどこかに隠れながらフロアを見ていて、フロアに誰もいないことを確認して、ヒツジの部屋に入る。


 さっき僕がしたような口実を作ってヒツジの部屋に入り、針で殺害する。コーヒーを入れているときなどを狙って。


 そのあと、犯人は優勝賞品の鈴を探し出してから、ヒツジの死体をフロアの中央のクマとシカがいるところまで運び、自分の部屋に戻って待機した。


 僕とウサギが話し合っているとき、フロアでは慌ただしくしていたのに。何の音も聞こえてこなかった。トラにドアを叩かれて初めてそれに気づいた。


 前にも少し感じていたことがあった。それはこのフロアにあるドアは外の音が聞こえないような、防音になっているのではないかということだ。


 クマやシカが死んでいるとき、ぼくたちは何かしら慌ただしくしていて物音を立てていたはず、なのに誰もドアから出てこなかった。


 最初にクマが死んでいたとき、イヌが出てきたけど「ボールを下の会場に忘れて来た」とか言っていたから、騒ぎに気づいて部屋から出てきたわけではない。


 ドアは防音かもしれない。


「あの」


 僕は誰彼構わずに聞いた。


「このフロアにあるドアって、防音してあるんですか?」


 急な質問にそれぞれが目配せしている。トリは僕の方を向いて答えた。


「はい、そうですね。外の音はもちろん、中から外にかけても、まったく聞こえないようなものになっておりますが、それがどうかしましたか?」

「あ、いや。ちょっと気になって」

「このパーティーは人のプライバシーを大事にしていますので」

「ああ、そうなんですか」


 ドアが防音。それなら部屋の中から悲鳴をあげてもフロアにはまったく音が響かない。だから、誰にも気づかれることなく殺害できる。逆もそう、フロアで悲鳴をあげても部屋の中には何も聞こえてこない。


 犯人はこれを利用しているのかもしれない。


「俺も、一緒にいた方がいいと思うぜ」


 ネズミの次に賛成したのはトラだった。


「だってよ、みんなが一か所に集まって、あと2日間だけ我慢すればいいわけだからよ」


 続けてイヌが言う。


「おいらも、一緒の方がいーなー。怖いもん」

「……わたくしも……ご一緒いたしますわ」


 ライオンが少しためらいがちに言った。それに続いてウサギが言う。


「わたしもトリさんの意見に賛成です」


 そう言って、ウサギは僕の方を向いた。


「あ、じゃあ僕も」


 そして、まだ言葉を発していないリスにみんなの視線が集まった。


「わ、私は……正直不安です」

「不安、ですか?」


 トリが反応して言った。

 リスは少し下を向いて話し出した。


「はい、皆さんが一緒にいて、そして夜が来て。突然、その部屋が停電になったりして……」


 リスは顔をあげて訴えるような素振りを見せる。


「それで、次々と殺されていく。そんなようなことが起こるんじゃないかって思うんです。だから」


 リスの証言にみんなが一様に黙った。それを破ったのはトラだった。


「あははは、おたくさぁ、推理漫画とかミステリー小説、読み過ぎなんじゃねーの。そんなこと現実にあるとおもうか? なあ」


 トラの言葉にリスは下を向いて黙った。


「そうとも限らないわよ」


 リスを庇うようにネズミが言った。


「現実に人が殺されている。こんな小さな針を使ってね。それは真実だし否定できない。こんなことができる犯人なら、この洋館全体を停電にさせることだって容易だわ」


「じゃあ何か、俺たちが今やろうとしている、一か所に集まるのは危険だと言いたいのか?」

「そうは言わないけど。少なくとも確実な安全じゃないわ」


 確実な安全。そんなことができれば苦労はしない。この世界に安全な場所など存在しないのかもしれない。だけどそれに近づける方法ならできるはず。


「じゃあ、どうすれば安全になるんだよ」


 トラがネズミに喧嘩を売るような言葉を発した。


「そうね、よりできるだけ安全にしたいなら。各自の部屋に鍵を掛けて、2日間閉じこもるの。その分の食糧なんかを詰め込んでね。それで誰が訪ねて来ても絶対に出ないこと。そうすれば2日経って、この洋館に迎えが来たときに。安全に出れるはずだわ」


「ひとりずつ部屋に入って、2日間その中で暮らすってか」

「そうよ」


 トラは横を向いて考えていた。ほかのみんなも下を向いて考えたり腕を組んだりしていた。


 2日間閉じこもるか。それじゃあ安全とはいえ僕の任務が遂行できない。ルビーからはポレミラーヌの鈴を情報分析を使って調べるように言われている。だから閉じこもるのは避けたい。


 僕は言った。


「あのう、その前に皆さんの身体検査とか部屋を調べた方がいいのでは? 疑うわけじゃありませんが、この中にもし犯人がいたとしたら、そのー鈴ですか。それを隠し持っているかもしれません、それは、必然的に犯人につながる可能性があるわけで」


 僕の提案に対して、みんながそわそわとし始める。


「わ、私は賛成するわ」


 リスが小さく手をあげて僕の意見に乗った。


「ふんっ、確かにな。鈴を見つけ出してしまえば、そいつが犯人ていうことで捕まえることができる。そうなれば犯人に怯える必要はなくなるってことだな」


 トラは僕の意見の後押しをした。それに続いてライオンが少し前に出て言った。


「わたくしも、それに賛成いたしますわ。どこに行ったのかを見つけ出すより、各自の部屋や身体検査をした方が早く見つけることができると思いますので」

「おいらも、ずっと部屋にいるのはやだなー。その、しんたいなんとかっていうのをやれば、自由に出たり入ったりできるなら、おいらはやってもいいよ」


 イヌは自分に注目させるようにピョンピョンと跳ねて言った。


「じゃあ、わたしも賛成」


 ウサギが続いた。トリはみんなを見回したあとひとつ咳をして言った。


「そうですね。わたくしめも賛成いたします」


 そして、最後に残ったネズミの意見をみんなが待った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る