【悲報】三日後に来るはずの調査員、三日速く到着する

「ギルド本部の調査員が来た!?」


 思わずオウム返しに驚いてしまう。お前が驚くのはおかしいだろなんて指摘が入りそうだが、それを気にしていられるほど平静ではない。


「そうだギルド本部の調査員が! ジョシュアさんを呼んできてくれえ!」


「え、やだ……」


 ノウィンギルド長の大声で近隣の建物からなんだなんだと人が出てくる。それだけの事なのに何やら背中に変な汗がにじみでてくる。注目されているのは僕でなくギルド長だし、これから話されるのは魔物の犯人の事のはずなのに。


「おやおや、ノウィンには伝達手段も無いのですか? その手の魔道具の導入をお勧めしたいですねえ」


 ギルド長が走ってきた方向から遅れて歩いてきたのは、少し高級そうな生地の制服を着た30代くらいの男だ。後ろに比較的若い男女一人ずつの部下を連れており、目を引くのはそのうち男の方がゴテゴテと妙な部品のたくさんついたでかい魔道具を担いでいる事だ。


「なんだぁ? 来るのは三日後じゃなかったのかお偉いさんはよお」


 たまたま村にいたらしく、ジョシュアがギルドのお偉いさんの目の前へと現れる。


「そのはずでしたが、この件の後に仕事の予定が追加されたので急いで来てしまいました。まあ本部としてもこれは可及的速やかに調べておきたい案件ですからねえ」


 喋り方が少しねっとりしている事以外は穏やかそうな物腰の男だ。敬語を使えない性質のジョシュアに気分を害した様子もない。


「私はギルド本部の魔道具課に所属しているスミスというものです。今回はノウィンの勇者……ステラ氏が殺害された件について詳細を調べるためにやってまいりました」


 その一言に村民達が一気にざわつく。やはり普段口にしないだけで、彼女の死がもたらした影響は大きいのだ。たった一言の言及で彼らの心に様々な感情の波紋が伝播していく。


「わざわざお越しいただいてありがとうございます、スミス殿。えーと、では早速今日から調査開始でしょうか? こちらも少なくとも三人ほどは手の空いた人間がおりますが……」


 そのノウィンギルド長の一言に、ジョシュアがギロリと睨みつける。三人の手の空いた人間というのはおそらくジョシュア、アナスタシア、ガンドムの事なのだろう。まだ他の職員はいないらしい。


「その必要はありませんよ。私が持ってきた調査用の魔道具を使えば簡単に事件の詳細がわかってしまいますから」


 後ろの男が肩の上のゴテゴテの大道具を地面へと下ろした。そしてその下ろされた道具にバンと小気味よい音を立てて片手を置くスミス氏。


「そう、この魔力流動測定器さえあればね! これは魔力の流れを遡り、それを描き出す事ができる装置! これで事件の全貌を暴いてみせましょう!」


 自信満々に啖呵を切るスミス氏だが、周りの人間はいまいちピンと来ていない様子だ。


「ようわからんのう。魔力の流れを調べると事件の何がわかるんじゃ?」


 いつの間にか横に来ていたガンドムが周りの疑問を代弁するように質問を投げかける。それに対してスミス氏は待ってましたとばかりの得意顔を作った。


「生き物の体の中には魔力が満ち溢れているのですよ。そして魔力が大きく流動するのは魔法を使った時・・・・・・・だ」


 まだ本題に入っていないのに、その一言に何故か胸がざわつく。


「そして魔法を使う瞬間、魔力は生き物の体内を循環するように駆け巡る! つまりその流れが映し出せれば魔法を使った者の姿形がわかる・・・・・・という事なのです! 下手人は暗殺の瞬間、何かしらの魔法・・・・・・・を使っているはず!」


 説明の一言一言を聞く毎に身体が奈落に落ちていくような感覚に襲われる。

 姿形がわかる? あの日何かしらの魔法を使っていた者の?


 ステラは魔法で死んだ訳じゃない。だがその日、ステラを魔法で治そうとした者・・・・・・・・・・がいる。


「ほおー、大体わかったぜ。この村に喧嘩を売りやがったいけすかねえ野郎のツラがその道具で解るっつー話だよなあ」


 そう言うジョシュアの目の奥にはギラギラとした光が宿っていた。いや、ジョシュアだけじゃない。周りで聞いていた村民達の一人一人が、今まで見せた事のないような鋭さをその目に宿していた。


 スミス氏は彼らの様子を見てにやりと笑った。ギルド本部とノウィンの利害関係がわかりやすく一致した瞬間だ。そしてその矛先の向かう先は……。


「よーし、さっそく犯人の顔を見せてもらおうじゃないか!」

「ギルドのお偉いさん! 早くそれを使ってくれよ!」

「ノウィンをこけにしやがったのは何処のどいつなんだい!」


 その場に渦巻く強烈な感情に押されて胃がおかしくなりそうになる。憎しみ、怒り、悲しみ……そして何よりも義憤。人々の正義の心でダメージを受ける存在になり果ててしまった、そんな自分に愕然とする。


「よろしい! この装置で犯人の顔を暴いて差し上げましょう!」


 上がった怒号にも似た歓声は僕にとっての死刑宣告にも等しい。ついにこの時が来たのかと空を仰ぎ見た。汗で濡れた肌着の隙間を風が吹き抜けていった。


「それではさっそくこの装置を動かすための燃料素材を持ってきてください!」


 続けて発されたスミス氏の言葉。時が数秒止まる。今度は歓声も何も上がらない。


「なんだって?」


「ですからこの装置を動かすためには燃料が必要です! 流石に本部から運び込めませんでしたので提供をお願いします!」


 解せない面持ちのジョシュアにスミス氏が事も無げに言う。ざわざわと村民達がお互いの顔を見始める。


「……ちなみに、その素材は?」


「はい! まずはドレイクの羽五枚、トロールの胆石四つ、アークリッチの骨粉200kg……」


 つらつらと並べ立てられる素材にノウィンギルド長が顔をしかめる。そして気付いていないのか気付かないのか、スミス氏は最後に


「あとは……の牙を一つですね!」


 軽い調子でそう告げた。ワイアーム。その牙を一つと。


 山の上で数多の魔物を蹂躙し食べ尽くしていった巨竜を思い出す。周りの村民の中にはピンと来ていない顔もちらほらうかがえるが、その場にいるおよそ冒険に関わる者たちは軒並み渋面を浮かべていた。


「おや、どうしました皆さん? 早く素材を持ってきていただきたいのですが……」


「ある訳ねーだろそんなの!」


 なおもすっとぼけたような事を言うスミス氏に、周りの気持ちを代表するようにジョシュアが声を上げた。村人たちは先の熱狂から一片、どうしたものかと微妙な空気を漂わせている。断罪される準備をしていた僕の心もはるか空の彼方へと飛んで行っていた。

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