探される犯人

「は、犯人って……あれは人間がやったというのか?」


 思わず上ずる声で聞き返してしまう。今まで僕はステラの件について誰かに詳細に尋ねようとはしてこなかった。だからあの事件については魔物がやった事になっているだろうと漠然と思っていたのだが……もしかして今まで会ってきた村人たちもみんな人間による仕業だと思っていたのか?


「ああいや、犯人って言い方は少しややこしかったな。ギルドだってあれは魔物がやったと思っとるさ」


 ガンドムの返した答えにひとまずほっとする。もしも人間の仕業と思われていたのなら、この先まともな顔で村を歩ける自信は無かった。


「問題はについてだ」


 少し神妙な顔でガンドムが言う。意図……僕の立場からでは間違っても頭に浮かばない言葉だ。


「ノウィンの勇者が殺された。それは果たして魔物による場当たり的な襲撃だったのか?」


 何度目なのか、ガンドムはエールを一口飲む。


「そもそもあの『魔物破壊』のスキルをかいくぐって、偶然通りがかっただけの魔物に勇者を殺す事ができるだろうか。状況を見るなら、これはむしろ暗殺に近い」


「なるほど」


 筋道の通った発想だ。魔物がステラと顔を合わせるような距離にまで近づけるとは思えない。


「だとすりゃ、それを行った犯人はの可能性が出てくる。」


「魔物の姫?」


 聞いたことのない言葉が急に出てきた。魔物に姫とは?


「魔物ってのは群れはするが基本的に動物的な行動に終始する生き物だな? たまに人間ばりに賢い個体も出てくるが、そいつらは逆に個人主義になって好き勝手に生き始める」


 そうだ。奴らは基本的にダンジョンと共に生まれて死ぬだけの生き物で、人間のような社会性からはかけ離れた存在と聞く。そこから抜け出す上位個体だって別に魔物の味方という訳でもない。


「だがそこに最近、他の魔物を手足のように使って人類の根絶を目論む魔物が現れたらしい。そいつが魔物の姫なのさ」


 人類の根絶。魔物は元より人間を害する本能を持つが、普通それは目の前の人間に向けられたもの……つまりな欲求だ。


「やつはダンジョンという生活基盤から抜け出して自由に行動しているが、目的のために自らダンジョンを生成する事もあるという」


「へえ……明確な戦術的な意図を持ってダンジョンを配置されるとなれば、そりゃ確かに見過ごす事はできない」


 ガンドムは大きく頷いた。普通のダンジョンはじわじわと規則的に広がっていくからこそ対処できている。例えば人里の四方八方にばらけて配置されるだけでもその厄介さは桁違いになるのだ。


「だから魔物の姫についてはギルドも注視していた。そして魔物の姫が本当に人類根絶を目的としているとすれば、その一番の障害となるのはノウィンの勇者だったはず」


 そいつが全然関係ないと知っているはずの僕でも、思わず頷き返してしまう。魔物の姫が想像通りの存在だとすれば、まずは大きく目を付けられる前にノウィンの勇者を排除しなければと考えるだろう。


「要するに、魔物が戦略的に見える動きを見せた場合、その意図を確認せねばならんという事じゃわい。だから犯人調査が必要になる」


 なるほどそういう事か。確かにギルド本部のお偉いさんがこの小さな村にわざわざやってくる理由としても十分だ。


「それに、この村にとっては……を知れる事にもなるしな」


 付け足したような一言に、静まりかけていた心が改めてざわつく。漠然と魔物の襲撃という事なら、ただ突然の死を悲しむだけの人間が多いだろう。だが今聞いた前提に立ってみれば、そのに目が行く。理不尽に仲間を奪われた村人の怒りが矛先を見つけ出す。


「……教えてくれてありがとう。聞けてよかったよ」


「おう! また何か聞きたい事があれば聞いても構わんぞ!」


「じゃ、会計はよろしく」


「おん?」


 僕は空にした皿とガンドムを置き去りに席を立ち、店のドアへと向かった。それを特に止めもせずにやれやれとため息を吐くガンドムの様子を確認した後、僕は外へと姿を消した。


「犯人捜しか……こたえるな……」


 今から三日後、ギルド本部から調査員が来る。その調査が何日間掛かるのかはしらないが、その間は村人たちも犯人に意識を向け始める。そんな村に犯人の居場所なんて存在するのだろうか。昨日の三馬鹿の顔が何度消しても頭に浮かんでくる。


「もういっそその間は休暇を取ってバリオンに引き籠ってしまうか」


 万が一調査員に何か聞かれでもしたら、自分が何を答えてしまうのか検討もつかない。数日間くらいならマリア一人でいけるだろう。そもそも僕が来る前は一人で頑張ってたのだし、案外大丈夫なのではないか。


 そんな風にあれこれ考えて歩いていると、村のギルド職員が慌てた様子でこちらに走ってくるのが見えた。何か知らないが、またジョシュアにどやされでもしたのだろうか? 彼は村の中心部まで辿り着くと、少し息を整えてから大きな声で叫んだ。


「おーいギルド本部からお偉いさんが来たぞー-! 調査員が来たぞみんなー!」


 ……え!?

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