絶望の孤児院!!!

 診療所の仕事が終わって外に出ると、辺りはすっかり暗くなっていた。村なりにあった活気もなりを潜め、たまに道行く人はランプを持っている。


「『ライト』……を使えば僕はランプを持つ必要もないんだよな」


 ただ、僕が光魔法を使えるのはもちろんおかしい。ライトはライトを使えない。旅立つ前は「ライトなのに光魔法使えないのかよー!」としょうもない囃し立てにあう事もたまにあったな。いや今は使えるが?


「まあ仕方ないか……『ファイア』」


 鞄から取り出したランタンに魔法で火をともす。マッチの消費に気を揉まなくても良い程度の便利さだが、それでも無いよりは大分マシだ。ファイアボールを内部に維持し続けるタイプの燃料のいらないランタンも売っているらしいので、いつかそれを買うのもいいなと胸中だけで呟く。(まあ僕の炎魔法のレベルでそんな燃費の悪いものを使うのも結局おかしいのだが)


 夜の村の中を歩くと、昼とはまた違う郷愁が胸に込み上げてくる。あの頃、遅くまで鍛錬を続けた後は暗さのあまりに孤児院に帰るのにも苦労したっけな……。慌ただしい里帰り初日の終わり、ようやくかつて過ごした故郷を懐かしむ余裕が生まれた。そして僕がこの村に戻れることなどもう無いのだ。


 気付けば目の前に孤児院が佇んでいた。ランプの明かりだけでもわかるほどに目に馴染んだ、実家ともいえる建物。夜の暗さで外観の古臭さも削られ、良い具合に荘厳さだけが照らし出されている。


「ただいま」


 孤児院の入り口ドアを開けて中に入り、帰宅を告げる声をかける。僕はあの日からずっと遠い故郷を世界の端から眺めているのみだ。僕は本当はここにはいない。故郷のノウィンになど、孤児院になど帰れていない。それを他の人間からでは解らないのを良い事に、ただのハリボテのライトが「ただいま」などと馬鹿げた嘘を発しているだけだ。


「え、ライト?」

「ライトじゃん! ライトが帰ってきた!」

「なんだライトも来るんじゃん! おかえりー!」


 年下の孤児達が、予期せぬ来訪者に楽しそうにはしゃぐ。自分を歓迎するムードにどうしようもなく違和感を感じてしまうが、それを無理やり飲み込んで「ただいま」の笑顔を作る。


「みんな元気そうだな。院長はいるか?」


「いるいる! 今、部屋!」


「俺、伝えに行ってくる!」


 返事も聞かずに年少の子が走り去っていく。院長が部屋にいることはわかったので、とりあえず僕もそこを目指そう。旅立つ前の自室が残されている可能性は低いので、何をするにもまずは挨拶からだ。


 院内を歩くと見知った子供たちが足を止めて僕に声を掛けてくる。そのたび様々な気持ちが胸に吹き荒れるが、とにかく機械的に暖かい笑顔で返していくのみだ。


「ライトー! 院長に伝えてきたよー! わかったってさ!」


「お、ありがとなアンソニー」


 戻ってきた年少の孤児、アンソニーを撫でると彼は得意げに笑った。駄賃に銅貨の一枚でもやりたい気持ちに駆られたが、年齢的にはまだ早いか。それに僕のような人間が不必要に良い人ぶるものじゃない。


 彼が現れたすぐそこの角を曲がると、突き当りに院長の部屋が見えた。ドアの前まで歩いてノックすると慣れない感覚が手の甲に伝わってくる。ああ、そういえば孤児院でノックなんてした事なかったな。


「院長、ただいま。バリオンから帰ってきたライトだぞ」


 何を言えばいいかわからなかったので、やや冗長な言い回しで声を掛けてしまう。二年ぶりなので詳しく説明した方がわかりやすいかなと思ったのである。


「おお、おかえりライト! 入っておいで!」


 記憶と変わらない元気な声が帰ってきてほっとする。この人の元気さはいつも孤児院全体を明るくしてくれた。


 ドアを開けると、ごちゃごちゃといろいろなものが乱雑に置かれた倉庫めいた室内が視界に広がる。そしてその中にありながらもまず真っ先に目に入る、快活に笑うややしわの混じった笑顔の女性。


「背え伸びたねえ! やっぱり二年立つと色々違うもんだ!」


 そう言いデスクから立ち上がった本人は、2mに届きそうな見上げるほどの巨躯である。いかにもその辺で売っている一番でかい服を適当に着たような身なり、その服越しに一目でわかるほどの筋骨隆々とした恵まれた体躯。


 孤児院『ノウィンの太陽』の院長、ベアトリクス。一言で言うならでかくてごついおばさんであった。

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