第19話「キーキャラクター」
「──とにかく、詳しくは当家の機密に当たるのでお話できないが……。アーロンの事は忘れていただきたい。出来れば、今後は公の場で名前を出す事も控えてもらいたい。
それから、慈善事業への支援については増額を検討しておこう。幸い、と言って良いのか、今期の当家は少し金銭的に余裕があるのでな。……もちろん、アーロンの事について忘れてもらえるのなら、だが」
ディラン・ヴォールトとの会談はそんな言葉で幕を閉じた。
◇
王都の公爵家別邸からの帰り道、エヴァンジェリンは馬車の中でひとり思索にふける。
具体的なところは全くわからなかったが、少なくともアーロン・ヴォールトが二度と貴族社会に出てこないことは確かであるようだ。
それならば、悪役令嬢エヴァンジェリンと共謀し、スフォルト帝国と内通し、ヴォールト公爵本家を焚き付けてグロワール王国の王位簒奪を目論む、なんて事も無いだろう。
つまり、いずれ
それはそれで平和でいいのだが、果たしてこのまま、ゲームシナリオが大人しくしているかはわからない。
アーロンの代わりにどこかから悪役貴族を用意して、帝国と内通し内乱を起こし、その責任を強引にエヴァンジェリンに擦り付ける可能性もゼロではない。
(……本来の聖女の名前は確か、シャーロット・クラヴィス。クラヴィス男爵家の一人娘、だったはず)
エヴァンジェリンが調べたところでは、シャーロットの実家、クラヴィス男爵家はかつては広大な領地を治める伯爵家であった。しかし数代前の当主の散財が祟り、今は男爵にまで降爵されてしまっていた。
現当主は先祖とは打って変わって小心者というか、男爵位でさえ荷が重いと言わんばかりの小さくまとまった男だという話だが、その娘の噂はあまり聞こえてきていない。
今のクラヴィス家地方の弱小貴族であるため、王都の社交界に出てくる事もなく、エヴァンジェリンも直接会った事はなかった。
ゲームシナリオのタイムテーブルからすると、そろそろ主人公が男爵家の騎士団に入り、物語が動き始める頃である。
主人公は聖女の実家の男爵家に代々仕える騎士爵の長男であり、この時点ですでにクラヴィス男爵より騎士位を授かっているはずだ。グロワール王国法では、先代の存命中に跡継ぎが騎士位を獲得できた場合に限り、騎士爵であっても世襲が可能であるとされている。
つまり主人公は次代のクラヴィス家の騎士になる事が内定している立場という事である。
聖女と主人公は幼馴染ではあるものの、特に将来を誓いあったとかそういう設定は無い。が、一応は聖女がメインヒロイン的な立ち位置にいた。キービジュアルに大きく描かれているキャラクターである。
昨今のゲームはキービジュアルに描かれているからと言ってヒロインとして安心できない風潮があるが、このゲームに関しては主人公がどのような選択をしたとしても聖女は最後まで付いてくる安心設計だった。
口では「人と人が争うなんて」とか言いながら、結局は主人公にくっついて敵兵を殺しまくるのだ。
作中でも数少ない治癒系の魔法の使い手でありながら、成長の方向によっては攻撃魔法もそこそこ強力という万能キャラである。当然、ユーザーからの人気も高かった。
戦闘がメインのいわゆるシミュレーションRPGなので仕方がないことではあるが、言っていることとやっていることが真逆であり、たとえプレイヤーがどう思っていたとしても使わずにはいられないほどにキャラ性能が高かったせいで、人気と同じくらいヘイトも高いキャラだった。
エヴァンジェリンはもちろんシャーロット嫌い勢だった。しかし、シミュレーションRPGがあまり得意ではなかったので使わざるを得なかった。それがまた彼女に対する苛立ちを呼んでいた。
あるいは、その感情が強すぎたがゆえに悪役令嬢などに転生してしまったのかもしれない。
(……ないか。ないない。そうだとしたら、エヴァンジェリンが軽く数千人は生まれてるわ)
彼女の知る限り、この大陸にグロワール王国はひとつしか無いし、グロワール王国にコンクエスタ侯爵家はひとつしか無いし、コンクエスタ侯爵家にエヴァンジェリンはひとりしか居ない。
大陸の外の情報は入ってこないので、他に同じ大陸があったり、あるいは他に同じ惑星があったり、あるいは他に同じ平行世界があったりするなら話は別だが。
無数に存在する平行世界に、無数に転生する元日本人のエヴァンジェリン。
それはそれで面白そうな世界観だが、考えても仕方がないことだ。確認できるわけでもない。
そんな事より喫緊の問題として、そろそろ動き始めるであろう聖女のことを考えるべきだろう。
前述の通り、聖女は主人公がどのような選択をしても必ず彼に付いていく。主人公はプレイヤーの分身という扱いなのか、選択肢以外で彼が言葉を発する事はない。そのため基本的に聖女が会話を進めていくのだが、そのせいで敵役も聖女のセリフと共に倒される印象が強い。
しかし主体性は聖女ではなく主人公にあるのだ。聖女はプレイヤーの分身である主人公の代弁者に過ぎない。まあ頓珍漢な正義感にかぶれた事ばかり口にしてあまり代弁出来ていなかった事も、聖女のヘイトを高める理由のひとつになっていたのだが。
であれば、聖女ではなく主人公の動向を探った方が良いのかもしれない。
しかし、実はこれは難しい。
なぜなら、主人公はプレイヤーの分身であるため、デフォルトで設定された名前が存在しないからだ。家名も含めて全てプレイヤーが入力する事になっている。
この世界に、上位存在としてのプレイヤーが存在しているかどうかは不明だが、いずれにしても主人公の名前を知る手立てはない。
故に現時点では存在が確認されている聖女シャーロット・クラヴィスを追いかけるしかなかった。
(確か、最初は……グロワール王国内でランダムに、地方貴族が統治する領地に盗賊団が現れる、のだったかしら)
ランダムとは言っても候補は決まっている。もともとクラヴィス伯爵家の領地だった場所だ。現クラヴィス男爵家がかつての伯爵家時代に所有していたが現在は他の貴族に分け与えられている土地に、盗賊団が現れるのである。
クラヴィス家は建国当初から王家の直臣で、降爵されてしまった後も変わらず王家に忠誠を誓っている。それはクラヴィス家の領地を分けられた家々も同様だった。そういう新興貴族を王家が集めて転封したのだとも言える。
クラヴィス家の降爵は当主の盛大な無駄遣いによるもので、王家としても無視できなかった。しかしクラヴィス家は王国にとっても重要な家であり、その領地もまた重要な場所であった。
そのため、国内外の潜在的な不穏分子に手を付けられる前に、王家が再度囲い込んだというわけだ。
ここを襲う盗賊団も、王国に揺さぶるをかけるため重要地域を荒廃させるという、帝国の間諜の手引きがあった設定だった。
王家との繋がりが強かっただけあって、伯爵家時代にはクラヴィス家に王族が降嫁したこともあった。
かなり古い話であり、相応に薄まっているとは言え、現在もクラヴィス家には王家の血が流れている。
聖女の髪がピンクブロンドなのも、王家の
ちなみに同じことがコンクエスタ侯爵家にも言える。
エヴァンジェリンの髪が紫色なのも、わずかだが王家の色が混じっているからだと言われている。
もっとも、グロワール王国には赤系、茶系の髪色の国民が多いので、どこまで信じていいものなのかは不明だが。
ともかく、時期的に考えるとそろそろどこかの領地が盗賊団に荒らされ始めるはずだ。
正義感の強い主人公はその情報を聞くと、それが例え主家の領地でなかったとしても首を突っ込もうとする。いや正確には聖女がそう言うのだが。
もちろんクラヴィス家の正規の騎士団を使う訳にはいかないので、主人公と聖女、それから幼馴染の猟師の3人だけの討伐軍だ。
前衛、回復役兼魔法使い、物理系遠距離攻撃役の3人で構成された、ゲームの始めのチュートリアル戦闘にはうってつけの部隊である。
「──誰か、おりませんか」
コンクエスタ侯爵邸に戻ったエヴァンジェリンは、人を呼び、現在王国内で盗賊の被害が出ている地域を調べさせることにした。
盗賊被害が出るのはクラヴィス男爵家の周辺の領地なので地理的なアドバンテージは主人公らに敵わないが、コンクエスタ侯爵家の力があれば、多少離れた地域であっても盗賊の情報を掴む事くらいは出来るはずだ。
それからしばらくして。
家の者が報告した情報は、エヴァンジェリンを混乱させた。
「──え、ヴォールト領で盗賊被害? ヴォールト領って、ヴォールト公爵家の? あの、アーロン・ヴォールトのいる公爵領? な、なんでそこが盗賊に荒らされているのですか……?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます