第13話 初めてのごはん

 翌朝。

 俺は埃っぽいベッドの上で目を覚ました。


 異世界で迎える、初めての朝。


 窓からは眩い朝陽が差し込み、なだらかな丘陵地帯の先に森が見える。壁の隙間や穴から吹き抜ける風が心地良い。体感的には晩春から初夏といったところか。

 今はいいが、寒くなる前に色々と修繕しなければ……いや、明らかに廃墟とはいえ、ここに住み続けていいのか? まあ、持ち主が名乗り出たらその時はその時だ、修繕して悪いことはないか。

 そんなことを考えながら横を見ると、リィネが丸まっていた。


 白いおなかが膨らんだり萎んだりする度に、ぷうぷうと小さな寝息が聞こえる。

 わ-、寝てる姿も可愛いなぁ。ずっと見ていられる。

 ほっこりしながら天使の寝顔を見守っていると、つぶらな瞳がぱちりと開いた。


「おはよう、リィネ」


 笑いかけると、リィネは「きゅぅぃ!」とちょっと寝ぼけた声で鳴いて、俺の鼻先にすりすりと頭をすり寄せた。

 ああ~可愛い~! 癒やされる~!


 ひとしきりリィネを撫でると、身支度をして一階に降りた。

 諸々の準備を整えると、腕まくりをして台所に立つ。


「さて、と」


 緊張しつつ、新品の包丁を構える。

 料理はほとんどしたことがない。いつもコンビニ飯か外食、レトルトで済ませていた。


 まずは人参の皮を剥き、慎重に切っていく……が、大きさがばらばらになってしまった。形を揃えるって難しいな。

 ほぼ初めての料理に苦戦していると、【啓示】が告げた。


《実績解除。【料理人】の称号を獲得しました》

《【料理人】の称号獲得により、【調理(Lv10)】を解放できます。解放しますか?》


 おお、助かる。


「お願いします」


 俺は再び包丁を構え――


「うおお……!」


 すとととと! と包丁が閃き、人参が均一に美しくカットされていく。

 先程とはまるで別人のように手が動いた。


 玉ねぎにキャベツ、パプリカ。『青兎のしっぽ』で調達した野菜をテンポ良く刻む。あっという間に色とりどりのみじん切りが完成していた。


「次は水か」


 水瓶の上に【水魔石】を構える。

 『青兎のしっぽ』では、うまく制御できずに火柱を上げてしまった。台所を水浸しにしたのではたまらない、慎重にやらねば。


 魔石を見つめ、静かに意識を集中する。

 細く流れる水を思い描く。流れる水に、たゆたう水。大地を巡り空を渡る、命の源。


 温かい力が手に集まったかと思うと、魔石が淡く輝き――大量の水がドバアアアアアッ! と溢れ出した。


「うおおおおおおお!」


 不器用か!


 水瓶から溢れる直前でなんとか止める。


「はあ、はあ……」


 魔力の調整が下手すぎる、要特訓だ。


 細かく切って洗った野菜とチカラダケ、水を鍋に入れる。

 五徳の中心に火魔石をセットし、指先で軽く触れた。


「よし、今度こそ……」


 さっき感じた、体内を流れる温かな感触。あれがおそらく魔力だろう。


 魔力の感覚を慎重に調整しながら流し込み――魔石にぼっ、と火が灯った。よし、成功だ!

 ガッツポーズを取る俺を、リィネが「きゅいきゅい!」と祝福してくれる。 


 魔石には様々なタイプがあるらしい。この魔石は煮炊き用で、しばらく一定の火力で燃え続けるように作られているようだ。


 鍋を魔石に掛ける。

 煮えるまで少し休憩だ。


 小皿に木の実を出して、リィネの前に置く。

 ぽりぽりという可愛い音に耳を傾けながら、プーカの店で買った本を開いた。子ども向けの絵本ではなく、歴史書だ。


 この世界は、レガルド大陸と呼ばれる巨大な大陸が中心になっている。巨大な菱形をしたこの大陸には、人間や亜人、エルフ、ドワーフ、獣人、そして魔物と呼ばれる種族が入り乱れ、大小様々な国によって成り立っているという。

 本によると、大陸歴548年――今から約800年前。人間と魔物が小競り合いを繰り返していた頃、血で染まった大地より氷竜帝ザガンが現れ、魔物に力を与えた。

 以来、人と魔物の戦いはより苛烈を極め、大陸全土を巻き込んだ争いは10年にも及んだという。

 人間を恐怖で支配しようと目論んだ氷竜帝は、しかし、女神の加護を受けた五英雄の手によって斃された。五英雄は氷竜帝の死体を八つに引き裂き、大地に封じた。氷竜帝の欠片を封じた八つの地は、人を寄せ付けない魔境――【冥域】と化し、そのひとつが【冥府の森】だという。


「俺、八つに引き裂かれてた……」

「きゅい……」


 正確には自分ではないが、あまりに似すぎていて他人事とは思えない。しめやかに合掌し、気を取り直して続きを読む。


 氷竜帝を失った魔物は弱体化し、力を失ったが、人間たちもまた疲弊しており、両者は不可侵の条約を交わして和平を結んだ。以後、今も危うい均衡平和を保ちながら共存しているという。


 ページの最後は、不穏な文言で締めくくられていた。


 ――だが、いつの日か恐怖の帝王である氷竜帝が蘇り、再び魔物を束ねて人間を恐怖に陥れると伝えられている――


 そこまで読んで、息を吐く。


「世界を滅ぼす悪役かぁ……」


 本の中で邪悪な笑みを浮かべる氷竜帝を見つめる。

 まさか人類の敵にそっくりな容姿を引くとは、さすが俺、運が悪い。


「……でもまあ、考えようによってはラッキーか?」


 魔物の王として恐れられ、忌み嫌われた氷竜帝。

 この容姿であれば、まずモテ死の危機は遠ざかったと言っていい。


 ……俺を氷竜帝ではないかと危ぶんだ人々が、大挙して討伐に押し寄せるという可能性もないではないが、俺はあくまでそっくりさんというだけだ。この宿屋は【冥府の森】に囲まれているし、人が訪れることはないだろう。


「街に出る時さえ不用意に顔を晒さなければ大丈夫だろ、うん!」

「きゅい!」


 本を閉じて立ち上がる。

 鍋の様子を見てみると、くつくつと煮えていた。

 少量のオートミールを加え、調味料で味を調える。


 味見をしてみる。味は薄いが、野菜のうまみが出ていておいしい。まさか自分が料理できるようになるとは……ありがとう、調理スキル。


 あの少女は起きているだろうか。好き嫌いとか考えず作っちゃったけど、食べられるかな。

 そんなことを思いながら器に盛りつけようとして、ふと手を止める。


 非モテを貫き通した俺だ、加えてこの顔面凶器(氷竜帝仕様)。万に一つもないと思うが、何かの間違いでうっかり好意を抱かれたら死んでしまう。

 万が一にも好かれないように、できる限り近寄りたくないキャラを演じよう。

 人嫌いの変人という設定はどうだろう。

 変人といえば高笑いだな。


 試しにこほん、と咳払いして、


「キーシシシ! キーシシシゲホッ、ゲホォ!」


 すっっっごく笑いづらい。


「ヌハハハ! ヌューハハハハ! ニューハハハハ! ニュベラッ!」


 舌を噛んだ。

 声もなく悶絶する俺を、リィネが「きゅぃ~」と心配してくれる。


 どうやら俺には、変人系高笑いの才能はないらしい。……もう普通に「ふはははは」とかでいいか。


 あとはとにかく尊大な口調を心掛けて、冷血で残酷なトカゲ男を演じよう。

 とはいえ、必要以上に怖がらせたくはないので、フードを目深にかぶる。この顔面は最終兵器に取っておこう。


 俺は野菜粥の器を片手に階段を上がった。

 ノックして扉を開く。

 少女が、ベッドの上に身を起こしていた。


「!」


 俺を見ると、はっと正座して頭をベッドに擦り付けた。

 サイズの合っていないぼろぼろの服からは、痩せこけた肩が覗いている。改めて、本当に細い。骨の浮いた身体を覆う長い髪はもつれ、ひどくくすんでいる。


「目が覚めたようだな」


 なるべく厳めしい声を出す俺の肩の上で、リィネも心なしかきりりとした声で「きゅい」と鳴く。

 少女がびくりと震えた。


「さあ、食事だ」

「…………」


 少女が怯えた目で俺を見上げた。

 強ばった顔には、疑問と恐怖、戸惑いが渦巻いている。


「ククク、食欲がないといった顔だな。だが無理矢理食わせてやる。なぜなら俺は冷酷で残忍な男だからだ」


 少女の前に器を差し出す。

 湯気を立てる粥を見て、少女が目を見開いた。

 得たりとばかりに嘲笑する。


「ふははは、馬鹿め! 肉でも食えると思ったか! まずは野菜が影も形もなくなるほどくたくたに煮込んだスープからだ!」


 やせ細った姿を見ると、たぶんしばらくまともなものを食べていないのだろう。とりあえず消化に良い野菜から身体を慣らしていこう。


 少女はおずおずと器を受け取った。

 匙を持とうとするが、細い手はひどく震えて、何度も粥を取りこぼす。

 この震えは恐怖から来るものなのか、手の機能が弱っているのか……


 俺は少女の手から匙を取った。

 びくりと身を固くする少女の口元に、粥を掬って差し出す。


「…………」


 少女は戸惑うように俺を見上げていたが、やがてこくりと喉を鳴らすと、ひび割れた唇を開いた。

 おそるおそる匙を口に含み――


「!」


 驚いた様子の少女に、満を持して高笑いを投げかける。


「ふはははは、残念だったな! そうとも、この粥は熱々ではない、人肌までぬるくしてある! しかも薄味だ! この世のものとは思えぬマズさに身悶えるがいい!」


 胃に負担が掛かるだろうから、調味料はあまり使っていない。申し訳ないが、しばらくは薄味のぬるい粥で我慢してもらおう。

 少女がびくびくしつつも、再びうっすらと口を開く。小鳥の雛みたいだ。

 『たーんとお食べ!』と存分に食べさせてあげたいと逸る保護欲をおさえつつ、噎せないように、ゆっくりと、ゆーっくりと口に運ぶ。


「ククク、腹が減っているだろうが、ところん焦らしてやる……なぜなら俺は意地の悪い、残忍で冷酷な男だからだ。どうだ、目の前に食べ物があるのに、がっつけない気分は? わが残虐さに怯えおののくがいい! ふは、ふはははは!」

「きゅいっきゅいっきゅいっ!(ハリネズミ式高笑い)」


 早食いは身体に悪いからな、よく噛んでゆっくり食べないと。

 それにしても俺、完璧な悪役ムーブだな。もしかして悪役の才能あるのでは? ふふ、自分のポテンシャルが怖い……


 悦に入っている内に、少女はスープをゆっくりと食べきった。暖かい物を食べて体温が上がったのか、少し頬の血色が良くなっている。


 よし。あとは体調を見ながら、少しずつ量を増やしていこう。いずれは肉も食べられるようになるといいな。それまでに、美味しい肉の調理法を勉強しておこう。

 ほぅ、と息を吐く少女に、低く陰険な声で告げる。


「ククク、安堵しているようだが、ここからが本番だぞ。次はその貧相な身体を、みっちりいじめ抜いてやろう……!」

「……!」




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【たわし】無双 〜悪役に転生したので辺境で孤独に生きたいのに、外れアイテムの力で最強になったうえ美少女たちに溺愛されます〜 ささむけポチ @sasamuke

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