第9話 買い取り

 商人が俺の背後を見て目を剥く。


「れ、レティシアさま!」


 振り返ると、細身の人物が気配もなく立っていた。

 客たちが驚愕の声を上げる。


「おい、剣姫レティシアさまだぞ」

「Aランクパーティー【夜明けの竜胆りんどう】の? 十二名代会議ラウンドからお戻りになったのね!」


 どうやら冒険者らしい。

 レティシアと呼ばれたのは、美しい少女だった。

 白磁の肌に、薔薇色の唇。結い上げられた鮮やかな金髪が目を奪う。均整の取れた肢体に白銀の軽鎧ライトアーマーと細身の剣がよく映えて、すらりと凜々しい佇まいは、気高く咲く百合の花を思わせた。


 少女――レティシアが俺の隣に立って、書類を覗き込む。陽の光のような髪がさらりと零れ、柔らかな香りが鼻腔をくすぐった。


「全部で金貨三枚、なあ?」


 湖面のように澄んだ碧い瞳がカウンターの上を滑り、整った指先がアイテムをこつりと突く。


「このイヴィル・タイガーの牙。色艶が良く、欠けもない。見たところAランク……これだけでも金貨五枚はくだらないが?」


 商人はひくりと頬を引き攣らせた。


「あ、はは、ははは。いえ、なに、この旦那、ギルドカードがないってんで、真偽が疑わしいもんで……」

「持っていないのか」


 レティシアが急に俺を振り返った。

 人形のように整った顔が間近に迫ってどきりとする。


「持っていないのか、ギルドカード」


 無言で頷く。

 レティシアは「ふむ」とわずかに思案すると、俺に顎をしゃくった。


「付いてこい」


 だらだらと脂汗を掻いている商人に軽く頭を下げて、店を出る。


 レティシアは人混みを迷いなく進む。レティシアに気付いた群衆から興奮したざわめきや黄色い声が上がるが、本人は気付いていないのか鮮やかな金髪をなびかせて颯爽と歩き続ける。


 やがて着いたのは、街の端にひっそりと居を構える、小さな店だった。

 優しい風合いの煉瓦の壁はところどころ蔦に覆われ、【万屋 青兎のしっぽ】と可愛らしい看板が出ている。


「アイテムを売るならこの店がいい。人を選ぶが、見る目は確かだ。適正な価格で買い取ってくれる」


 淡々とした口調でそう言って、レティシアは涼しげな目元をほんの少し綻ばせた。


「強く、勇敢な戦士は好きだ。良い旅を」


 騎士然とした凜々しい佇まいとは裏腹な、柔らかい笑顔に胸が高鳴る。

 お礼を言おうとした時、


「あーっ、レティシア!」


 愛くるしい声が響いた。

 レティシアが振り返る。


「モコ」


 ととととっと弾むように駆け寄って来たのは、黒髪の少女だった。


 いかにも剣士といった出で立ちのレティシアに比べて、華奢な身体を包むのは、露出の多い身軽そうな服。

 艶やかな髪には猫のようなふさふさの獣耳が生え、背後では長いしっぽが揺れていた。

 ゲームなんかでよく見る、獣人――あるいは亜人(猫人?)という種族だろうか。


 モコというらしい少女は、レティシアの腕に抱き付いて頬を膨らませた。


「も~、やっと見つけたよ~! すぐ迷子になるんだから!」

「迷子ではない、彼を案内していた」

「そんなこと言って、いま別の方向に歩き出そうとしてたでしょ。帰り道はあっちだよ」


 同じパーティーなのだろうか、仲の良さそうなやりとりを微笑ましく見守っていると、モコのアメジストの瞳がぱっと俺を見た。


「レティシアを保護してくれてありがとっ、旅人さん!」

「彼は冒険者だ。イヴィル・タイガーとブラッディ・ヴァイパーを倒した」

「ええっ!?」


 モコは可愛い八重歯を見せて驚くと、俊敏な猫のように俺に駆け寄った。


「すごい、すごい! お兄さん強いんだね! それに、イヴィル・タイガーなんて滅多にエンカウントできないのにっ! どこで会ったの、どうやって斃したの!?」


 モコが目をきらきらさせながら伸び上がった。

 慌ててフードを引っ張って顔を隠す。


「ねえ、この辺で活動してるの? どこのクラン? それともワタリ? パーティー組んでる? ランクは――ぷえ」


 鼻と鼻が付かんばかりに接近するモコの首根っこを、レティシアが掴んだ。

 切れ長の瞳が俺を見つめる。


「気が向いたら、ギルドに登録するといい。ギルドカードがあれば、身分の証明にもなる」


 感謝を込めて頭を下げると、レティシアは小さく笑って頷いた。


「行くぞ、モコ。団長が待ってる」

「えー、もっとお話したかった~」


 レティシアに手を引かれながら、モコは大きく手を振った。


「また会った時は、おすすめの狩り場教えてね! ばいばーいっ」


 じんわりと胸に染みる優しさを噛みしめながら、遠ざかる二人を見送る。

 こんな怪しい男に親切にしてくれるなんて……いい人たちだったな。


「よし、行くか、リィネ」


 リィネが懐から「きゅい!」と応える。

 俺は大きく深呼吸すると、店の扉を押した。


 ハーブのような爽やかな香りと、みっちりと並んだ棚が俺を出迎える。

 ランプや縄、色とりどりの石に植物の種、淡く発光する瓶詰めの液体。様々な道具が所狭しと並んでいる小さな店内は、まさにファンタジー世界の道具屋という趣で胸が弾む――の、だが。


 店の奥。

 三日月型のカウンターを、四人の男たちが取り囲んでいた。


「なあ嬢ちゃん、なにも相場の二倍出せって言ってるわけじゃねぇんだよ」


 高圧的で横柄な口調から、ただ事でない雰囲気が伝わってくる。剣や鎧を装備しているところを見ると、彼らも冒険者らしい。

 カウンターの中では、小さな女の子が震えていた。


「これ手に入れるのにさぁ、結構苦労したんだよ。もうちょっと色を付けてくれてもいいだろ? 常連になってやるからさぁ」


 どうやら自分たちのアイテムを高く買い取れと因縁をつけているらしい。


「で、でも、あの……」


 女の子の声は上擦り、可哀想なくらい怯えている。

 助けたいが、気の利いた方法が思い浮かばない。

 とりあえず咳払いしてみる。

 男たちが胡乱げに振り返った。


「なんだコラ、取り込み中なんだよ、見て分かンだろ。出て行けよ」


 おあああ、めちゃめちゃ怖い! めちゃめちゃ怖いが、放っておけるわけがない。なんと言っても、俺自身、人に助けられたばかりだ。恩は巡るのだ。

 無言のまま動かない俺を見て、男たちが口を歪める。


「なんだァ、気味の悪ィ格好しやがって」

「出て行けって言ってんのが聞こえねぇのか、ああ?」


 髭面の男がドンッ! と俺の肩を突き――俺はぴくりとも動かなかった。


「……聞こえねぇのか、ああ?」


 律儀に繰り返しながら、二度、三度と俺の肩を押すが、まるで子猫がじゃれているようだ。


「……?」


 ふざけているわけではなさそうだが、全く衝撃が伝わって来ない。

 何事もなく突っ立っている俺を見て、男が焦った顔で呻く。


「くっ、こいつ、体幹どうなってやがる……っ」


 そういえばレベルが上がってから、筋力が増した気がする。レベルアップってすごい。


「くそっ! 舐めてんじゃねぇぞ!」


 焦れた男が、俺の胸倉に手を伸ばした。

 懐にはリィネがいる――

 胸倉を掴もうとした男の手を、俺はとっさに払いのけていた。

 狭い店内に、パシィッ! と小気味の良い音が響く。


「……ああ?」


 男の顔が歪んだ。

 まずい、と冷や汗を垂らすよりも早く。


《実績解除。【格闘家】の称号を獲得しました》

《格闘家スキル【見切り(Lv10)】【武術(Lv10)】【拳闘(Lv10)】を解放しました》


 今ので実績解除されちゃった!?





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 お読みいただきましてありがとうございます。

 次回ABT(悪漢ぼこぼこタイム)です。

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