第48話 魔王、動く

 ーーシノビドスと黒竜さんをテーブルに残し、ララさんと奥に引っ込んだ私は。


「これ、見てちょうだい。ゴシップ記事を出した出版社の名前」


 ララさんにチラシの印刷会社の名前を見せられた。


「リトーライド社、ですか」

「ピンときてない顔してるわね…教会にまつわる書籍を出版している大手の、その大衆記事専門子会社よ。ライドゥエ社って言ったらわかる?」

「あっ!!!!」

「そう。ここはーーパスウェスト公爵家が出資してる出版社の、子会社よ」

「ってことは……」

「カスダルだけじゃなく、ヴィヴィアンヌも噛んでるわね……」


 ゴシップ記事を見ながら、ああだこうだとぶつぶつと対策を練るララさん。


「営業妨害を訴えたとしてものらりくらりかわされるでしょうね。謝罪広告は諦めるとしても、何か手立ては」

「あの、ララさん」

「何かいい案思いついた?」

「……実は、そのことじゃなくて」


 私はさっきの黒竜さんとララさんの会話を聞いてから、ずっと気になっていたことがあった。

 昔からーー玉座の間で魔王様に会い、助けてもらってから抱いてきた疑問。


「教えてください。ずっと思っていたんですけど、魔王様はどうして魔王様なんですか?」

「どうして、って」


 突然その話題に触れられると思わなかったのだろう。

 ララさんがメガネの奥の目を瞠っている。


「ごめんなさい。どうしても気になって。だってララさん……国境を守って、王侯貴族の力試しに胸を貸してあげているだけで、魔王様が国を脅かしたことなんてないんじゃないですか」


 私は魔王様に助けられた時からずっと、ルシディア王国で語られている「魔王」との差異が疑問だった。

 本当にあの人が「魔王」の名に違わない人ならば、私が刺された時にそのまま放っておいてもおかしくない。

 けれど彼はとても優しい。


 ーー国王陛下や教会の教義を疑うような言葉だから、今日の今日まで誰にも相談できなかっただけで。

 ララさんは眼鏡の奥の目を丸くして、そしてふっと笑みを消して私を見据える。


「ヒイロ。あんたの疑問はそれこそ反逆罪ものよ?」

「だから誰にも聞けなかったんです。でもララさんなら、きっと聞いても平気かなって」

「なるほどね。いいわ……これは私の想像だけど」


 ララさんは椅子に座り、足を組む。

 そして食堂に座る黒竜さんとシノビドスを見やりながら、遠い目をして呟いた。


「魔王は……おそらく、初代国王を唯一神とする現在の教会制度に追いやられた、旧神に近い存在なのだと思う」

「旧神、ですか」

「もしくは、黒竜に捧げられた贄か」

「に、贄!?」

「違ってるかもしれない。けれど少なくとも、彼を魔王と呼び始めたのが王家なのは間違いないでしょうね」

「な、なんで王家が?」

「そりゃあ……そもそも、あれが魔王だと言っているのが王家じゃなければ、こんなに国中に『半島の付け根の森に引きこもって暮らす魔王』のことなんて、認知することすらないし」

「そっか……」

「変と言えば、あたしも気になっていることはあるわ」


 ララさんはテーブルに座る、シノビドスと黒竜さんへと目を向け、ぽつりと呟く。


「シノビドスと黒竜はあんなに仲が良いの? あれじゃまるで……」


 その時。

 シノビドスは立ち上がり、私たちの方へとまっすぐに近づいてきた。

 迷いのない足取りに、私はなんだか気持ちがざわりとする。


「ララ殿。今日はちょっとヒイロ殿と出る。店番を任せてよいか。護衛に黒竜を置いて行くゆえ」

「えっ、ちょっといきなりどうしたの」


 動揺し立ち上がるララさんに、落ち着いた声音でシノビドスが答える。

 いくらかいつもより背筋が伸びているようにすら見えた。


「話をつけてくる」

「話をつけてくるってどこによ? それに、黒竜が護衛って、ちょっと」


 狼狽えるララさんに、後ろから笑顔でついてきた黒竜さんが、両手をピースしながら笑顔を向ける。


「大丈夫大丈夫。俺が留守番して守ってあげるから」

「いや、守ってくれるのは嬉しいけど」

「ララちゃんが気になること、なんでも俺が話してあげちゃう。興味あるんでしょ? 俺のこと」

「えっ」


 その瞬間。ララさんの表情に、抑えられない知的好奇心があふれる。


「なんでも教えてくれるって、本当でしょうね……」

「本当本当」


 そんなララさんと黒竜さんの様子を確認し、そしてシノビドスは私を見た。

 背筋が伸びて頭の位置が高い。

 シノビドスだけど、なんだかシノビドスじゃないみたいだ。


についてきてくれないだろうか、ヒイロ殿」

「え、あ……うん」


 手を差し伸べられ、私は流されるように手をとる。

 瞬間、ふわりと光が弾ける。

 ずしりとした感覚に目を開けば、私の服が真新しい聖女装束へと切り替わっていた。


「……っ!!」


 極上の絹糸で織られた、魔力銀糸が織り込まれた聖女装束。ずしりと心地よい重さだった。

 差し色として結ばれた組紐は金と緋色ヒイロ緋色。薄いレースのヴェールが、まるで花嫁みたいで。

 私の姿を見てララさんが驚いた猫みたいに紫瞳を丸くしている。

 黒竜さんが、ひゅうと口笛を吹いた。


「シノビドス、これは、一体」

「正装を贈らせてほしい。……やはり、ヒイロ殿は聖女装がよく似合う」

「あ、あわわ……」

「さ。全ての決着をつけに行こう、ヒイロ殿」

「いつもの言葉遣いと違うよ、シノビドス……」


 繋がった手に、柔く力が込められる。

 シノビドスが仮面の奥、柔らかな声で笑った気がした。

 

 ーー光が眩く輝いた次の瞬間、私たちは全く知らない部屋にいた。

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