13話 岩山の巨人

13-1 巨人現る

 晩飯の時、セシリアから呼び出しを受けた。

 明日、ギルドに顔を出せだそうだ。


 「それを、ここで言うのか?

  だったら内容も言ったらどうだ」


 俺としては、ごく当たり前のことを言ったつもりだったんだが、セシリアは内容は言わなかった。


 「仕事の話は、ギルドでしかしません。

  呼び出しは、今までも宿の方にしていましたから、問題ありませんけれど」


 その線の引き方はどうなんだ?


 「今ならレイルもいるから、手間が省けると思うんだがなぁ」


 「レイルさんに説明するのが面倒ということでしたら、お2人でギルドにいらっしゃればよろしいかと」


 そりゃあ、まぁ正論だが…。


 「一緒に暮らしてるんだし、そこまで堅いこと言わなくてもいいんじゃないか」


 「家庭に仕事は持ち込みたくないじゃないですか。せっかくゆっくりしているんですから」


 呼び出ししてる時点で、仕事を持ち込んでるんじゃねぇのか? セシリアの線の引き方がさっぱりわからねぇ。

 口を挟まずに聞いてるだけのレイルの方を見ると、目を輝かせてこっちを眺めてる。

 そんなに面白い見せ物か、これ。


 「レイル、お前の意見は?」


 とりあえず巻き込むことにして、声を掛ける。

 するとレイルは、自分が呼ばれると思ってなかったらしく、虚を突かれたような顔をした後、口を開いた。


 「僕は別にどっちでも。

  ああ、ギルドに行くようなら僕も一緒に行くから、二度手間にはならないよ」


 「なに? どういう風の吹き回しだ?」


 レイルがギルドに行くのを面倒がらないってどういうことだ。


 「別に。

  セシリアと顔を合わせても問題なくなったからね。

  僕からも何か訊きたくなるかもしれないし」


 「そうかい。んじゃ、明日は一緒に行くか」


 「うん、いいよ」


 たしかにレイルがセシリアに無意味に絡んだりしなくなったから、連れて行きやすくなったよな。


 「んじゃ、セシリア。明日の朝、顔出すぞ」


 「ありがとうございます」


 セシリアは、一緒に暮らすようになって、だいぶ雰囲気が柔らかくなったが、それでもまだ妙に生真面目なところがある。

 ベッドん中じゃ、ひたすら可愛い女なんだがなぁ。

 一緒に暮らしちゃいるが、毎晩抱いてるわけじゃない。

 せいぜい出掛ける直前と帰ってきた日くらいだ。

 俺としちゃ、娼館に行けなくなった分、仕事明けに抱くだけでもいいんだが、レイルがやたらと勧めてきて、なんとなくそんな風に落ち着いた。

 どうもレイルの奴がセシリアにもなんか吹き込んだらしくて、仕事の前日にセシリアの方から俺の部屋にやってきたのが最初だった。

 そのお陰で、俺が仕事に出る前のセシリアは上機嫌だし、どういうわけかレイルも妙に機嫌がいい。

 まぁ、レイルは前々から仕事前に夜遊びしてたから、俺も同類にできて嬉しいってのはわからなくもないけどな。

 それでも、今までよりもずっと楽しそうというか嬉しそうというか、妙につやつやしてんだよな。

 セシリアの作る飯のせいか?

 でも、セシリアは、下手じゃないがそんなに料理上手ってこともないと思うがなぁ。

 宿の飯の方が美味かったんじゃないか?

 いや、まぁ、金は入れてるとはいっても、善意で作ってくれてんだから、文句言う気はないけどな。

 …正直、家族ってのがどういうもんなのかは今もわからねぇけど、今の3人暮らしは悪くないな。

 このままずっとって思わなくもないが、きっと難しいだろう。

 とは思うんだが。

 居心地のいい生活を手放すってのは、考えるだけでも気が滅入るもんだ。

 たまにレイルが


 「もう、この街に居着いちゃうのもアリかもね」


なんて言うのもわかる。

 あいつの場合、別にセシリアがいなくても困らないだろうに、


 「食い物が美味いってのは大事なことだよ」


なんて、訳知り顔で言ってきやがる。

 だから、セシリアの作る飯は、宿よか落ちるだろうがよ。




 それはともかく、翌日、ギルドにやってきた。

 毎日顔合わせてる相手と、改まってこんなとこで会うってのは、本当に妙な気分だな。


 「よぉ、そういうわけで来たぞ」


 声を掛けると、セシリアは


 「はい、お待ちしていました」


と、以前と変わらない態度で答えてきた。

 よく同じようにできるな。俺には、とても無理だ。


 「今回お願いしたいのは、調査です。

  ここから北西の方角に馬車で1日ちょっと行った辺りに岩山があるんですが、最近、そこで巨人を見たという報告が上がってきています。

  その正体の究明と、可能であれば捕獲か討伐をお願いします」


 思わずレイルを見ると、何かを企んでる顔をしてる。

 つまり、乗り気ってことか。


 「巨人って何だ?」


 「発見した冒険者は、遠目に見ただけで撤退しているので、詳しいことはわかりません。

  ただ、恐らくはオーガくらいの大きさであろう、ということです」


 オーガくらい、ね。


 「岩山じゃ、普通に考えりゃオーガなんているわきゃないよな。

  そっちの見解は?」


 先にギルドの腹づもりを確認するのは大事だ。

 だが、セシリアは困った顔をした。


 「正直、わからないんです。

  常識的に考えたなら、岩山でオーガが生息するには、餌となる生き物がいません。

  ですが、先日のように、何者かが餌を与えてオーガを番人に使うということがあり得ないとも言えません」


 あ~、いつかのボンボンの時か。

 たしかに、ああやって餌を用意しときゃ、岩山にオーガがいたっておかしくねぇか。だとすると、何かを守るためってとこか。


 「てことは、オーガをもし倒せたら、その奥に何があるかまで探さにゃならんって、ことか」


 「倒せれば。そして、オーガなら、でしょうか。

  オーガであるという保証もありません。

  かなりデリケートな判断が必要な場面もあるかもしれませんので、無理はしないでください。

  どうかご無事で」


 こういう送り出し方は、今までなかったよなぁ。おっと。


 「ちょっと待て。まだ受けるとは…」


 「何言ってんの?

  愛しのセシリアからのお願いなんだから、聞いてやんなきゃダメだろ」


 横からレイルが思いっきり刺してきた。

 なにが“愛しのセシリア”だ。お前、前と随分態度が違うじゃないか。

 セシリアも赤くなってんじゃねぇよ。


 「じゃ、受けるから。出発は明日にするから、今夜は楽しんどきなよ」


 さらにセシリアに追い討ちを掛けると、レイルはさっさと出て行った。


 「おい!」


 首まで赤くなって悶絶してるセシリアに声を掛けると、


 「は、はい!」


と、えらくぎこちない反応が返ってきた。

 どこまで初心うぶなんだよ。


 「まぁ、レイルが乗り気だし、受けるしかなさそうだ。

  今日のうちに準備して、明日朝出発する」


 そう言ったら、


 「はい。今夜は精のつくものを用意します」


だと。違う意味で言ってんのはわかるが、そういう言い方をすんじゃねぇ。

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