5話 魔素溜まり
5-1 牙猪の探索
「その後、2回ほど森の方に探索を派遣していますが、新たな個体は発見されていません」
何か依頼があるかと顔を出したところ、セシリアから、そんな話が出た。
要するに、俺達が都合3頭の魔狼を倒した後に、魔狼がもっといないかどうかという調査依頼が出ていたということだ。
俺達からは「もういないと思われる」という報告はしているが、それを鵜呑みにするようなギルドじゃない。
一組の冒険者からの報告だけで魔狼はもういないと判断するほど軽率じゃ、ギルドはやってられないんだ。
悪意の有無──見付けられなかっただけにしろ、きちんと調査していないにしろ──まだ魔狼が隠れている可能性は消えていない。
だから、ギルドは、別の冒険者にも同じ調査を依頼する。
それぞれ無関係な複数のパーティーがいずれも“いない”と判断して、ようやくいないという結論になるわけだ。
特に、今回は、街道近くの森に“本来いないはずの”魔狼が3頭も現れたんだ。理由もわからないんだから、慎重になるのは当然だ。
「決してフォルスさんを信用していないというわけではないのですが…」
セシリアは言いにくそうにしているが、違う目で見てみるのは大切だ。
「ああ、わかってる。俺としても手を抜いたつもりはないが、魔狼がいる状況で見付からないようにしながらの調査だ。うまく隠れられたら見落としてた可能性もある。
文句なんて言わねぇよ」
「ありがとうございます。
一応、8級と9級のパーティーにお願いしたんです。
危険度は相当下がっていましたし、彼らの経験にもなりますから」
「さすがだなぁ」
調査はしなければならないが、魔狼がいる可能性は少ないから、戦闘より調査が得意なパーティーに任せたり、若手育成のタネとして低位の冒険者に指名で依頼したりすることもある。
こういうタイプの指名依頼が来るパーティーは、ギルドから将来有望と見られてるってわけだ。
自慢じゃないが、俺達も9級の頃にこの手の調査依頼を受けたことがある。
俺の探索能力は、それなりに評価されているはずだ。
「ちなみに、9級の方は、この前のイリスさんのところです。
フォルスさんの報告どおり、真面目で信頼の置ける方々のようですね」
ああ、あいつらか。思った以上に評価されてるな。
まぁ、きちんと下調べをしてから動く用心深さといい、パーティー内での役割分担といい、付き合いの長さから来る信頼関係といい、かなりの有望株なのは確かだろう。
性格も悪くない。
ネックは、魔法士がいないために決定力に欠けるところだが、魔法士のいないパーティーなんて、いくらでもあるからな。十分中堅として通用するだろう。
いや、まぁ、俺がどうこう言うのは、余計なお世話なんだが。
「まぁ、あいつらは伸びると俺も思うがな」
「ええ、地味な仕事も厭わずやってくれるので、ギルドとしても助かります。
牙猪から守っていただいてありがとうございました」
ああ、そこに繋がるのか。
「試験に本来関係ない奴が絡んだから処理しただけだ。試験官の仕事のうちだろう」
「そう言っていただけると助かります。
それで、その牙猪の件なのですが」
「もしかして、調査依頼か?」
「そのとおりです。
牙猪は、本来群れで生活する魔獣ですから、魔法士のいるパーティーでないと対処が難しいと思うんです。
依頼料が低めで申し訳ないのですが、お願いします」
なるほどね。今までの前振りは、ここに繋がってくるのか。これじゃあ断りにくい。
「まぁ、そうだろうが。
で? ギルドとしては、まだぞろぞろいると考えてるってわけか?」
「その可能性は高いかと。
それ以上に、どうしてあんなところに牙猪がいたのかが気になっています。
先日の魔狼も、原因はわからず終いですし。
理由もわからず、本来いないはずの魔獣が発見されるというのは、ギルドとしては困るのです」
そりゃそうだろうな。
ギルドは、依頼の難易度を決めるに当たって、依頼達成のために必要な能力や戦力を検討する。
目的地までのルートに出没する獣や魔獣は、必要な戦力を計算する上で、重要な要素だ。
それが、いるはずのない魔獣に出てこられると、計算が狂う。
イリス達の時も、たまたま試験官で俺達がついてたからよかったが、あいつらだけだったら全滅していただろう。
将来有望なあいつらが。
この前の“野犬退治”の時に、セシリアが俺達に話を振ってきたのは、正にその“計算違い”を予感したからだ。…女の勘ってのがそんなにアテになるものだとは知らなかったが。
ともかく、そういう危険を極力回避するには、どこにどんな魔獣が出るか把握しておくことが必要だ。
魔狼にしても、なんで3頭だけあの森にいたのかがわからない。
あんだけ危険な奴らが途中で目撃されれば、当然騒ぎになるはずなのに、それがなかった。
牙猪は、基本、群れというか家族で動く魔獣だ。
そんなのが移動してくるってことは、何らかの事情があるはずなんだ。
魔獣にはテリトリーってもんがある。
普通に食い物も食うが、魔素の薄いところには住まないのが一般的だ。
魔獣にとって、魔素は空気や水みたいなもんだ。それで腹が膨れるわけじゃないが、魔素なしに生きてはいけない。
魔素の濃いところほど、大きく強い魔獣が住んでるもんだ。洞窟とか、魔素溜まりとか。
森の中や洞窟には、“魔素溜まり”と呼ばれるものが発生することがある。
原因も仕組みもわからないが、まるで水たまりに水が溜まっているように、地面のある一点に魔素が不自然に溜まる。
俺は魔素を操ることができるが、魔素溜まりの魔素は動かせなかった。
表面の極一部なら引きはがせるんだが、全体を動かすことはできない。
水たまりから水を掬うことはできても、水たまりそのものを動かせないのと同じようなものだろう。
魔素溜まりの中は、異様に濃い密度で魔素が集まってるため、中がどうなってるのかも見通せないし、手やものを突っ込もうとしても弾かれる。
それでいて、魔素溜まり周辺は魔素が濃いかというと、そんなこともない。
魔素溜まりの表面から立ち上る魔素のために、ごく僅かな範囲は魔素が濃くなるが、少し離れるだけで普通の濃さになる。
よく見ると、ゆっくりと外側に向かって流れてるんだが、不自然というほどの動きでもないし、わざわざ調べでもしない限り、気付くのは無理だ。
つまり。
「セシリア、もしかしてあの森に魔素溜まりでもできてるか?」
「魔素溜まりですか? あの森に? そういった報告は上がってきておりませんが」
「牙猪がいた理由な、例えば魔素溜まりに惹かれたってことは考えられないか?」
「考えられないこともありませんが、私ではなんとも…。
では、牙猪の探索と併せて、あの森にいた理由解明の一環として、魔素溜まりの有無も確認していただけますか。
そちらは、出来高払いということにいたしますので」
「出来高なら、まぁいいだろ。
んじゃ、行ってくるか」
出来高払いというのは、本来の依頼の延長みたいなもんで、この前の魔狼探索の時の「倒したら500ジル」が当たる。
つまり、やらなくても報酬は減らないが、やれば額が上がるわけだ。
最初から依頼内容に入れちまうと、依頼失敗になるのを嫌って受けない冒険者も多いから、そういう形になってる。
ともかく、また捜し物か…。
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