第19話 実践チュートリアル
気がついたら薄暗い洞窟っぽい場所にいた。
火のようなものや電灯のようながないのに、微妙に明るいのは、地面や壁や天井自体が光っているからなのだが、その事実だけでここがどういう場所か容易に想像がつく。
「これがダンジョン……っ!」
『その通り。ここはダンジョン……を模して作られたチュートリアル用ダンジョン。その名もチュートリアルダンジョンです』
先程までお預けにされていたダンジョンの中にいるのを実感して感動を覚えていると、さっきぶりの声が聞こえてきて現実に引き戻される。
てっきりここが何処かの初級ダンジョンだと思ったのだが、どうやら違うようだ。そして相変わらずネーミングセンスが微妙というか、端的に言うとそのまんまだ。
またいつの間にかポケットの中に仕舞われていたスマホを取り出すと、先程と同じくチュートリアルピクシーのチュピーが画面に映っている。
『これよりチュートリアル用ダンジョンを用いて実践チュートリアルに移行します。まずは装備を整えましょう』
今現在の俺の装備は上下ジャージ。たしかにこれでは、いくら今の自分が実体ではないとはいえ無防備がすぎる。
チュピーに促されるままにストレージ画面に移行し、グレーターリザードの革鎧とアイアンソードを選択する。
画面での操作で装備するをタップしただけで、次の瞬間には自分の周りを光りが覆い隠し、数秒後にはそれらの武器防具が自分に装備されている状態になっていた。
所謂換装システムというやつだろう。とても便利な機能だ。
『続いて、アイテムショートカット機能を設定しましょう。視界に右端に映っているSの文字に触れてください』
そう言われて初めて視界の端に薄っすらと『S』の文字が浮かんでいるのが見えた。
先程までは初めてのダンジョンに舞い上がりすぎていて気づかなかった。
言われるがままに触れてみる、文字の浮かんでいる部分から十個の小さな枠が出現する。
『ここにアイテムを登録しておくと、スマホを介さずにアイテムを使えたり取り出せたりできます。今のうちに使うかもしれないものを登録しておきましょう』
アドバイスを受けた俺は、魔法スクロール各三種、ポーション各二種の合計五枠をアイテムショートカットとして登録しておいた。
『次はいよいよダンジョンの中を探索していきます。武器を構えて周りを警戒しつつ進んでいきましょう』
周りも何も一本道で後ろは壁だ。
ただ前向いて歩けってことなのだろうが、態々面倒な言い回しする必要あったのか? なんて思いつつも、指示に従って腰ベルト付近にある鞘に収まったアイアンソードを右手に装備して、慎重にダンジョンの道を進んでいく。
そうして数十メートル進んだところで、前の方からポヨンポヨンと何かが跳ねてこちらに向かってくる音が聞こえてくる。
『目の前から魔物が近づいてきています。慎重に相手の行動を見て、戦ってください』
ついにきた。
初めての魔物との戦闘だ。
俺は左手に持ったままだったスマホをポケットにしまい、両手でアイアンソードを構える。
弾む音がどんどん近づいてきて、とうとう魔物の姿が見えた。
緑色のまん丸の弱っそうな見た目をしたそれは、まごうことなきスライムであった。
試しに鑑定してみれば、その通りあれがスライムだとわかる。
流石チュートリアル用ダンジョン。
最初の魔物がスライムとは、中々にロマンがわかっている。
俺はアイアンソードを構えたまま、スライムが近づいてくるのをじっくりと待つ。
ポヨンポヨンと近づいてくる中で、俺との距離がちょうど五メートルほどになったところで、それまで一定のリズムで近づいてきていたスライムの動作が止まり、グググっとした音を立てるように地面で踏ん張り体勢に入った。
これは間違いなく体当たり攻撃がくる。
そう感じた次の瞬間、かなり早い速度で俺に向かってスライムが直進してきた。
俺は身体強化で爆上げした身体能力を駆使して、冷静にその攻撃を避けると、後ろから着地側を狙って思い切りスライムをアイアンソードで斬りつける。
一、二、三連撃したところで、スライムは青いポリゴン片となって砕け散るように消え去った。
『初討伐おめでとうございます。ダンジョンの魔物を倒すとその場で跡形もなく消え、ドロップアイテムはストレージ内に自動収納されます。また今の戦闘でガチャポイントも取得できていますので、ご確認ください』
チュピーの声が聞こえるのと同時に戦果を確認する。
ストレージには、スライムゼリーという初級ポーションよりも効果の少ない回復アイテム。
ガチャポイントは、今ので五ポイント獲得していた。
回復アイテムが増えるのは嬉しいが、ガチャポイントがあまりにしょぼい。
最弱の魔物なのだろうから仕方ないが、これならスマホをタップして集める方が遥かに効率がいい。
まあ、タップガチャアプリなのだから、あくまで本線はタップしてガチャを引くこと。
ダンジョン探索はおまけみたいなものだから仕方ないのかもしれない。
それにしても本当に死なないとはいえ、初めての魔物との戦闘でここまで冷静に対処できるって俺の対応力ってかなり優秀なのではないだろうか?
『いえ、適応体質の効果でダンジョンでの行動に適応しただけです』
わかっていた。わかっていたけど、うん。他人に言われるとなんだかなって感じだ。
素の自分がそんな主人公体質なわけないから仕方ないのだが、結構精神的に辛いものがある。
まさか、ダンジョンで初めてのダメージがチュートリアルピクシーの口撃によるものだとは、思いもしなかったよ。
そんなアホなことを考えている間にも足は進めていたのだが、また数十メートル進んだところで前方から何者かの足音が聞こえてきた。
『戦闘はこれが最後ですが、先程よりも強い魔物です。気をつけて戦いましょう』
スライムより強いとはいえ、所詮はダンジョン用の魔物、楽に勝てるだろう。なんて気を抜くことはしない。
ダンジョン用だからこそ、初級よりも危険な魔物が出てくる可能性も十二分にあるからだ。
ただ、そんな心配は杞憂に終わり、目の前から姿を現したのは、こちらも雑魚魔物の代表格。
緑の小さい醜悪な見た目をした人型の魔物、それはもう想像通りの見た目をしたゴブリンであった。
鑑定結果は言わずもがな、ゴブリン。
異世界転生とか転移小説だと、人型の魔物との戦闘は精神的に辛いものがあるというが、今のところ俺は冷静でいられている。
これから死合うことに何の躊躇いも抱いていない。
それだけ適応体質の力が優秀ということなのだろう。
やがてゴブリンが俺がいることに気づくと、ゲギャゲギャと気持ち悪い声を上げてこちらに猛然と走ってくる。
右手には雑多な棍棒らしき武器を装備していて、既に振りかぶり体勢にある。
そんなゴブリンめがけ、俺は冷静にアイアンソードを構えてからスキル『次元斬』を発動する。
次元ごと斬り裂くという説明通り斬撃が飛んでいき、そのままゴブリンを通過して胴と足を真っ二つに斬り裂き、ゴブリンはポリゴン片となり、呆気なく最後の戦闘も終わった
『ゴブリン相手に躊躇いなく最上位攻撃スキルを使うとは、恐れ入りますね』
たしかに初級魔物相手にウルトラレアスキルはやり過ぎかとしれないが、態々声に出して言わなくてもいいと思うんだ。
遠距離攻撃を試してみたかったのだから仕方ないじゃないか。
初めてのダンジョンなのだから大目に見てほしいものだ。
『別に他意はないですよ?』
なんだか、感情豊かになってきていないかこのチュートリアルピクシーとやら。
『そんなことはありません』
……何はともあれこれで無事にチュートリアルダンジョンは攻略できたということでいいのだろうか?
『はい、最後にチュートリアル報酬として、ダンジョンの最奥に宝箱が……』
その単語が聞こえた瞬間俺は年甲斐もなく全力疾走していた。
それから数秒と経たずに行き止まりに辿り着くと、その前には木の箱だが、たしかに宝箱であろう見た目をしたそれが鎮座していた。
ゴクリと生唾を飲み込みつつ、それを開ける。
するとそこには、赤い液体の入ったガラス瓶が入っていた。
早速鑑定して調べてみる。
【上級ポーション:飲むと部位欠損も完治する効果がある回復薬】
初級ポーションは青。
中級ポーションは緑。
そしてこのポーションっぽいものは赤色だったから期待していたが、正にその期待通りどちらよりも上位のアイテムだった。
レア度は間違いなくレア。
チュートリアル用ダンジョンの攻略報酬としては、少々豪華過ぎる気もするが、俺は貰えるものは貰っておく人間なので、ありがたく頂戴した。
『これにてチュートリアルは終了となります。三秒後、強制的に事前に使用されたチケットの効果が発動しますので、備えましょう。それではまたどこかでお会いできる日をお待ちしています、さようなら』
「は!?」
チュピーの宣言から丁度三秒後。
三度、突発的な意識の消失を体感し、俺はとうとう初級ダンジョンへと足を踏み入れることになるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます