第11話 久しぶりの実家


 実家に向かって車を走らせている最中、鞄の中にそのまま現金を封筒にもいれずにしまっているというのが何となく嫌だなと思ったので、コンビニに寄って封筒を買い、その中に百万円にわけて入れることにした。

 手元にある現金が入った封筒を見て、これもタップガチャアプリのストレージに入れば便利なのになんて思っていたら、目の前から封筒が消えた。


 まさかと思いタップガチャアプリを起動してストレージを確認してみれば、現金百万円の入った封筒×3というアイテムが収納されているではないか。


「まさかアプリと関係ないものもしまえるなんて……とんでもないアプリだな」


 この機能を使えば、バレずに万引きし放題なのではないだろうか?

 万引きなんてしたことがないからわからないが、現行犯逮捕じゃなければ滅多に捕まらないと聞くし、そもそも取ったものを持っていなければ犯罪に問われることもないはずだ。


 そこまで考えたところで、そもそも万引きするほど金に困っていないことを思い出し、結局実行に移そうとは思わなかった。



 そんなどうでもいいことを考えている間に実家に到着。

 俺の家は五人家族で、その構成は、父、母、姉(三つ上)、俺、妹(三つ下)となる。

 ちなみに、俺と血のつながりがあるのは父だけで、母、姉、妹の三人は義理の関係だ。

 だからといって、ラノベみたいに禁断の関係にはなっていない。現実なんてそんなものだ。



 実家には現在、社会人になり一人暮らしするため家を出て行った俺と姉以外の三人の家族が住んでいるのだが、家の前の駐車スペースには何故か姉のであろう車が鎮座していた。

 滅多に実家には帰らないでお馴染みの姉が何故これほどタイミング良く帰ってきているのかはわからないが、四人が五人に増えたところで今の俺の財布にはノーダメージなので気にしない。そもそも一緒に行かない可能性もあるしな。

 そんな気持ちの元、玄関から家に入ると開口一番に姉が言葉を発した。


「おっす陽、で、何食いにいくの?」


 薄々わかってはいたが、やはり来る気満々だった。一応ゆったりできるように広めの個室を予約しているので、問題はないが、なんだかな、である。


「陽兄久しぶり! で、何食べに行くの?」


 たて続けに妹からも同じ質問が飛んでくる。姉は勝ち気で吊り目のギャル系美人、妹は活発元気な猫顔系美人。それぞれ勉強も運動とできて地元でもモテモテで有名な姉妹だ。

 客観的に見ればその評価は正しいし、俺自身二人は綺麗だと思う。

 しかし、ラノベやアニメのように義理の姉や妹がどれだけ美人だろうが恋愛感情や劣情を催すことはなかった。

 ただ、それとは別に自分だけ不細工で運動も勉強もあまりできなかった俺は劣等感ばかり抱いていた。それでも、姉は俺を見放すことはなかったし、妹の方もなんだかんだ言って懐いてくれていたので嫌いという感情はなかった。

 容姿が美形になった今、ひさしぶりにあった姉と妹に過去に抱いた劣等感を再度感じることはなかった。今なら運動だってプロアスリートほどではないにしても、かなりできるようにもなっているし、それに加えて億万長者でもあるから抱きようもないのだろう。


 顔が変われば中身まで変わる。嘘だと思うだろうが本当の話だ。あくまで本人の気の持ちようだけどな。



 高校を出てからの二年間は無意識のうちに実家に帰ることを避けていたが、これからは頻繁に帰って疎遠になっていた家族との溝を埋め直してもいいかもしれないな。



 そんな心穏やかな気持ちを抱いている俺のことなどつゆ知らず、二人は口々にあれ食いたいこれ食いたいと勝手に話し込んでいた。

 奢るのは俺だし、そもそももう既に店を予約しているので、その相談は無駄以外の何物でもないのだが、俺は優しいので言わないでおく。



「おかえり陽ちゃん。お店ってもう予約してるのよね? 何時に家出ればいいのかしら?」


 そんな二人を放置して、奥の部屋から出てきた母親が話しかけてきた。

 義理ではあるが自分の母親ながら、年相応には見えない若さの持ち主で、いわゆる美魔女というやつだ。姉妹に似て美人でご近所さんでも有名。系統でいうならおっとり系美人だな。

 後、成人してる息子をちゃん付けで呼ぶのは恥ずかしいからやめてほしい。言ったら悲しそうな顔をするだろうから言わないが。


「一応焼肉屋予約してるよ。時間はまだ一時間くらいあるけど、車で三十分くらいのとこだから、後二十分後くらいに出たら余裕がある感じかな」


「焼肉!? やったー!」

「車で三十分ってもしかして美幌の肉のキムラ? あそこ高いけど大丈夫?」

「あらー、お金は大丈夫なのかしら?」


 妹は素直に焼肉が食えることを喜んでいるが、他二人はなんだかんだで金銭面を心配してくれてる感じだ。

 まだ一言も言葉を発していない俺の実の父親も、その視線から心配を抱いているのがありありと伝わってくる。


「お金は大丈夫。仕事でそれなりに稼いでるからね」


 これまでの派遣バイトではまったく稼げていないし、なんなら今日から無職だが、タップガチャだって仕事みたいなものだし、それで出たアイテムやスキルを使って稼いでるのだから、仕事で稼いでると言ってもいいはずだ。


「ふーん、あんた今何の仕事してるのさ?」

「まっ、いいじゃん細かいことはさ! 別に危険だとか怪しい仕事してないし、健全で安全な仕事だから!」


 まさかタップしてガチャを回すだけのお仕事です。なんて説明できるわけがないので、適当に誤魔化しておく。健全で安全であることは間違いないから問題はない。


「ふーん? まあ、見た感じなんかに巻き込まれてるってかんじもないだろうし、別にいいけど、犯罪はすんなよ?」

「しないから! 普通に考えて!」

「えー!陽兄売人とかやってるの?」

「やってないから! アホなこと言ってないで出かける準備してこい」

「ふふっ、仲がいいわねー」




 義理で疎遠になっていたことを感じさせないやりとりを繰り広げていると、母が楽しそうに笑った。

 父も普段は無表情なことが多いが、心なしか微笑んでいるようにも見える。


 久しぶりの実家の暖かさに心がポワポワするのを感じつつ、暫くぶりの家族との会話を楽しむのだった。

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