第3話 愛しの弟
ウィリアムとクロウがエストニア公国で久々の再会をしている頃、ロイエンタール帝国帝城内の一室で、まだ幼さの残る、可愛い見た目の第六皇子アダムズが泣いていた。
いくら皇族として英才教育を受けていて年齢の割に大人びていたとしても、実際は10歳の子どもだ。
仲の良かった異母兄の安否がわからなくなったら不安にもなるだろう。
何とかして助けたいと思っても、他の異母兄は権力争いばかりで何も解決せず、全く当てにならない。
自分でなんとかしようとしても、いくら皇子だからとは言え、まだ齢10歳。持っている権力は、第六皇子が持っていても使い道のない、意味のない帝位継承権のみ。
日頃何不自由なく生活していたアダムズからしたら、己の無力さを痛感する出来事になった。
それと同時に異母兄たちに見切りをつけた出来事でもあった。
アダムズは、1人泣きながら第一皇子フィリップの出発前の出来事を思い出していた。
1ヶ月前、ロイエンタール帝国の北西に位置するアドラント王国に帝国の全権大使として停戦の協議・会談に向かうことになったフィリップ。
帝国と王国は創設以来、友好的な関係を築いていた。
しかし、現在の皇帝が即位してから国営方針が帝国第一主義になり、自分たちの利益のみを求めるようになったため、関係が悪化していた。
そこに3年前、大陸北部を襲った大寒波の影響で王国で飢饉が起こり、豊富な資源を持つ帝国との間で戦争が起こったのだ。
そのまま3年間ずっと両国の国境で睨み合い、時々兵をぶつけるなどして戦争を続けていたのだが、悪戯に兵を死なせるだけでお互いにメリットがなくなっていた。
しかし、両国とも3年間も続けていたためお互いに引くに引けなくなっていたのだった。
そんな中今回、第一皇子フィリップが率先して停戦論を示し、王国との協議・会談を取り付けたのだ。
他国との交渉は本来、皇帝が参加するべきなのだが、己の安全と利益が最優先なのが現皇帝。そんな人間がわざわざ戦争中の敵国に赴くはずもない。
結果、発案者でもある第一皇子に全権を与え、大使として行かせることにしたのだ。
しかも、護衛の兵はたったの20人で。
この護衛が近衛騎士の精鋭なら問題ないだろう。しかし、皇帝は己の警護をする人間が減っては困ると、近衛の中の新兵をフィリップの護衛につけたのだ。
「新兵のいい訓練になるであろう」と高らかに笑いながら。
こうしてみると、皇帝は実の息子であるフィリップのことなどどうでもいいと思っているように感じる。
事実そうなのだ。
皇帝は自分が満足できさえすればその他のことなど眼中に無いのだ。
そんなことフィリップ本人が知らないはずもない。
ロイエンタール帝国第一皇子――フィリップ・サン・ロイエンタール――は才色兼備、文武両道で民からの信頼もそれなりにある。
一見、非の打ちどころのない完璧な人間に思えるが、彼には唯一にして最大の欠点がある。
優しすぎるのだ。
自分がやれば解決することなのに、誰かが苦しむとわかったらやらない。それが例え罪人でもそれなりの理由さえあれば許してしまう。さらには、罪人にも人権はあるとして保護しようとしだす。
彼は民にも罪人にも誰にでも優しすぎることが美点であり、最大の欠点になっている。
結果、彼の才能は無駄になっているのだ。
出発の朝、最低限の護衛と最低限の荷物のみの馬車。見送りの人間も数人しかいないなかフィリップはアダムズに、
「そんな顔をしないで、アダムズ。安心して。何があっても最善さえ尽くせば、現状より悪くなることはないと思うからね。」
そう言って出発して行った。
―――どれくらい時間が経っただろう。
涙が枯れ始め、このまま泣いているばかりでは何も解決しないと思い直したアダムズは、フィリップに言われたように最善を尽くして少しでも何かの為になればと行動を起こそうとした。
その時、アダムズは部屋の中に唐突に人の気配を感じた。それも二つ。
いくら第六皇子だからといって護衛がいないわけではない。少なくとも部屋の前には必ず近衛兵の誰かはいる。そんな中、何の確認もノックもなしに部屋に入ってくるなんてことは、ごく一部の人間を除いて不可能だ。
そこまで考えたアダムズは、一つの違和感を覚える。
そもそも、部屋の扉が開いていないのだ。
完全密室の中、唐突に現れた人の気配。敵か味方かは考えるまでもないだろう。
普段から帝位争いによって命を狙われているアダムズは幼い頃から鍛えてきた魔法で咄嗟に身を守ろうと魔法の発動準備に入る。
「お?なんで真っ暗なんだ?帝城の部屋割りが変わったのか?」
「いえ、そんなことはないはずですが?」
「じゃあ、ここアダムズの部屋のはずだけど?」
「とりあえず、灯りをつけましょう。」
そんな中、暗闇の人影から緊張感のない会話が聞こえる。
アダムズは不審に思いながらも人影に向かい魔法を発動する。
と、同時に部屋の明かりがつく。
「おっと、あぶねっ、、」
「………なっ、、…………」
アダムズは目の前の光景を見て、唖然としてしまう。
それも無理はないだろう。彼が護身用で鍛えてきた渾身の魔法がいとも簡単に防がれてしまったのだから。
しかし、そこは流石日頃から命を狙われている皇子。すぐに気を取り戻して、再び魔法を発動する。
が、これもまた部屋に現れた人影に防がれてしまう。
部屋の明かりがついた時点で、自分が誰と戦っているのか気づいてもいいだろうが、まだ10歳のため実戦の経験の少ない上に、自分の魔法が防がれたことで一杯一杯でいるアダムズはそれに気づかない。
そのまま続けて魔法を発動しようとするが、何故か魔法が発動しない。
「ま、魔法が、、は、はつ、、、発動しない、、、?」
今まで体験したことのない、ありえない事態に更に動揺するかに思えたが、アダムズは先程から謎の襲撃者の能力に驚きすぎて、一周回って魔法が発動しないことで逆に冷静になった。
そのため、魔法がだめなら直接攻撃をするしかないと冷静に判断することができて、テーブルの上のフルーツ盛りと一緒に置いてあるナイフを手にする。
冷静になったことが幸いしたのか、やっと明かりがついていて、自分が何に攻撃しようとしていたか認識する。
そしてナイフを手にしたまま、予想外の相手に硬直する。
そんな弟の様子を見てウィリアムという男は――—
大爆笑するのであった。
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