SIGN12 召喚した二つめの「力」

 シェディスは苦戦していた。

 驚異のジャンプ力を誇るクーガーたちに、階段を昇りきるよりも先に余裕で追いつかれたからだ。


 後方から飛びかかるクーガーに氷結棒アイスロッドの後方突きを放ち、そのクーガーが落下すると同時に階段を数段飛びで駆け上がる。横から飛びかかる個体を回し打ちで払い落とす。


 次のクーガーは後方から、大きく頭上を飛び越えてシェディスの前方へおどり出た。着地と同時にターン&ジャンプ!

 前方から飛びかかる個体に、シェディスは自身の体ごと大きな回転払いを食らわせた。


 どの打撃もまだ威力が足りないらしく、同個体による二撃・三撃が休みなく飛んでくる。

 やはり階段上では、足元を気にしてシェディス本来の敏捷びんしょう性が生かせない。

 遅れて階段を駆け上がり始めた蒼仁あおとは、自分が今何をすべきかと考えた。


「そうだ――シェディス、飛んで!」


 無茶な要求をしながら右手を振る。

 すると、シェディスが持つロッドに新たな氷の結晶が集結し、全体が白い光を発し始めた。

 その光が、ぐんっと伸びた。二メートル弱だったのが、約五メートルにまで。


 シェディスは瞬時に理解した。

 五メートルの棒の端を持ち、階段を駆け上がりながら上段に勢いよく突き立てる。棒高跳びのように。


 ロッドが大きくしなり、もとに戻ろうとする。その反動を利用して、シェディスの全身が大きく宙に飛んだ。クーガーの跳躍よりも高く!


 すべての獣の上を越え、階段を一気に飛び越える。細くしなやかな体が、棒を手放した後もさらに加速し、長い対空時間を経て大きく高く空を舞った。


 そのまま軽やかに着地。シェディスは一気に最上段へ到達した。これでやっと、段差のない公園内で戦える。


 これが、蒼仁が特訓の合い間に考えた「形状変化」のひとつだった。

 ただサイズを上げるのでは意味はないが、局面に合わせて瞬間的に硬度を変えたり長さを伸ばせば意味を成す。対象への距離を一瞬で詰める時にも使えそうだ。


 棒を放したまま走り出したシェディスのために、もう一本の「召喚」を始める。階段を駆け上がりながら。


 なぜか今日は雪嵐がやって来ないが、理由を考えているひまはない。

 空から光が現れる。さきほど成功したばかりの氷結棒アイスロッド召喚のイメージを思い浮かべる。


 二本目――、と心でカウントした蒼仁は、目の前に起きた珍現象に、一瞬思考がストップした。


 金髪の青年がひとり、目の前に座り込んでいたのだ。


「なななっ!?  なんや!?」


 青年は、蒼仁以上に驚いていた。

 彼の目線だと、いきなり知らない場所へ瞬間移動テレポートしてきたことになるから当然だ。


 状況説明している暇はない。蒼仁は「立って!」と叫びざまに青年の手を引いて立ち上がらせた。


「ここは危険だから! 逃げてください!」


 そう言いながら、青年を残してひとりで駆け上がっていく。

 駆け上がりながら、本日二度目の「天空召喚」!

 現れた二本目のロッドを、蒼仁はシェディスのいる方向へ思いっきり投げた。


 パシッと小気味よい音を立て、棒をつかんだシェディスはその勢いのまま再び華麗な回転を繰り出していく。


 クーガーたちが、細い体をめがけてわき目もふらずに飛びかかった。



  ◇ ◇ ◇



 達月は視線の先、階段上の公園で、無謀にもひとりでクーガーたちを相手に戦っている者の姿を見た。 

 ほかでもない、達月の「タイプ」である白い髪の少女、その人だ!


 何もかも理解が追いつかないが、はかない少女(※達月ビジョン)にあんな獰猛どうもうな獣と戦わせておいて、自分だけ逃げるだなんて、おとこがすたるもいいとこだ。


 まだ恐怖で震えている足を、達月はむりやり前へ上へと進ませる。

 やがて足に力が戻り、少年の後を追って階段を駆け上がり始めた。



  ◇ ◇ ◇



 蒼仁は三本目のロッドを召喚しようとしていた。

 シェディスが落としたときのために。あるいは、自分にクーガーたちが向かって来たら自らも戦えるように。

 伸ばす手の先に、再び白い光が宿る。


「……えっ」


 その光が、変化した。

 シェディスのように白く清らかに見えた光が、赤く、より強い光を発し始める。


 蒼仁の手元で、その光がぐるぐる回り、ぎゅうっと凝縮され、ひとつの球体のような形を作り出していく。


 その、一秒足らずの間に。

 蒼仁はまた、「誰か」の遠い記憶を自身の脳に読み込んだ。


「…………ッ!!」


 蒼仁はガクッと膝をついた。

 またしてもキャパオーバー――だけではない、シェディスの時とは異質の負担を脳に受けていた。


 空中で、まだ小さな野球ボール大の球体が熱い光を放っている。

 頬が焼けつくように痛い。この球体は、まるで――


 動けなくなった蒼仁に代わり、生まれ出た球体に手を伸ばした者がいる。

 どう見ても高温を放っているそれを、「彼」は素手でつかんだ。


 彼の周囲に、蒸気にも似た風が吹き荒れる。

 金色の髪が、まるで獅子のたてがみのように逆立ち、風を受けて暴れている。


「たッ、達月くぅんー!!」


 階段下でパーシャの手の中にいるハムの叫びは、達月には届かない。

 達月の両目は自ら握った球体の光を受け、赤く怪しくきらめいている。

 その目に、ついさっきまで彼が見せていた明るさや人の好さは微塵みじんも残されていない。別の何かが憑依ひょういしたとしか思えなかった。


 まだ動けない蒼仁を置いて、達月の体が階段を駆け上がっていく。

 公園で戦っているシェディスの姿を、赤い瞳が見定める。

 その周囲に、何度も飛びかかっては離れ、また飛びかかる七頭のクーガー。

 その中で、細い体で休みなく氷結棒アイスロッドを回転させ、牙の猛威を防ぐシェディス。


 達月の上半身がしなる。右腕が、後方へ上がる。

 右腕を素速く振り抜き、手の中の球体が飛んだ。クーガーの群れを目がけて。


「なッ!?」


 ちょうどクーガーたちの真ん中にいるシェディスは、自分に向かって燃えるような光が飛んできたので仰天した。

 とっさに棒で打ち、自分への直撃を避ける。

 打ちあがった球体が、上方約五メートル地点で、一気に爆発した!


「ひゃあぁぁっ」


 ハムが叫び、パーシャはハムをかばうようにうずくまった。

 降り注ぐ爆炎。その下で熱にうめき、暴れるクーガーたち。

 一帯を覆う灰煙や粉塵ふんじんが、この空間にいる者たちすべてに襲いかかる。


「爆弾」だ! 間違いなく。


 激しく咳き込みながら、蒼仁はようやく立ち上がった。

「ゲホッ、なんだよこれ!」と、シェディスの声が聞こえる。パーシャとハムも、かなりの煙を浴びたがなんとか無傷らしい。


 ――俺は、よりにもよって爆弾なんか生み出してしまった。


 蒼仁は絶望に似た感情に沈んだ。


 シェディスの武器は、攻撃力では劣るものの、シェディスの体に沿って躍動し、シェディスの意思を反映する。いい武器だと思う。

 透き通るような美しさが常に生命の光を放ち、蒼仁の心までも勇気づけてくれる。


 一方、この武器は。


 爆弾なんて、解体工事現場などを除けば殺傷以外の何に使うというんだ。

 それも残虐極まりない方法で。

 全世界で、どれだけの人間が爆弾によって血肉を飛ばしたり焼け溶けたりしてきたことか。


 それを、今会ったばかりの青年が迷わず投げた。


 まるで、本人の体そのものが燃えているように感じる。普通の青年にはとても抱えきれないほどの、悲壮な色に燃え上がる熱を感じる。いったい何をその身に宿しているのか。


 ――この人の、過去は――


 彼が二頭めの霊狼ヴァルズ。蒼仁が生み出した「爆弾」の操者。


 ――この人の過去は、なんて――


 あまりの重さに、蒼仁の体が沈む。

 記憶の重さに。

 この先、「爆弾」が奪ってしまうかもしれない、命の重さに。



  ◇ ◇ ◇



 達月の中で、あまりに多くの意識が暴れていた。

 多すぎて、激しすぎて、脳が今にも沸騰ふっとうしそうだ。


『コロセ!』目の前の生物を憎悪する意識。

『ヤメロ!』それを止めようとする意識。

『タスケテ!』命を懇願する意識。

『ドウスレバイイ!?』途方に暮れる意識。


『モウ、ゼンブワスレテシマイタイ』

 それらすべての記憶を、手放そうと願う意識――


 北橋きたばし達月たつきは、すべての意識の叫びをぼうっと眺めていた。


「そういやハムが言うには、ワイは『記憶操作の能力者』やったなあ」


 今まで何度も記憶を手放してきた。

 自分の所縁ゆかりの人間がどこにいるのか、誰が手を差し伸べてくれたのか、それすらもわからないまま、また手放した。


 記憶ができない疾患なのか。精神が壊れているのか。何もわからない。


 そんな時、たまたま出逢ったハムスターが自称「最強能力者」だった。

 しゃべって踊って、人間の食事を人間並みによく食べるだけでもハムスター離れしすぎだと思うが、その「最強能力」とやらの一部を達月も確かに見たことがある。

 達月のアパートにおかしな異空間を発生させ、重力を操作して、小さな体で料理を一品完成させてしまったのだ。


「あれはおかしかったなあ。でも、あんときの豚汁、うまかったで」


 こんな事態なのに、「北橋達月」の意識が思い出し笑いを浮かべた。


 そのハムが言うのだから、自分が「記憶操作能力」の持ち主だというのもうなずける。

 自分にとって不都合な記憶を、無意識のうちに操作し、消してしまったとしても不思議ではない。


 つまり、今自分が見ているのは、すべて自分が消してきた――はずの、自分の記憶。

 それが、なぜかこんなところで一気に噴き出してしまった。


「なんや、明らかに『北橋達月』やない記憶が多いなあ……。いくら記憶の能力があるいうたって、ややこしいさかい、前世の記憶まで持ち出すなや……人間やない記憶まであるやんけ……」


「北橋達月」の意識の周囲で、数多あまたの意識の記憶が映像として再生されている。まるで何かの指令室や防犯室のように、いくつものモニターにぐるっと囲まれている気分だ。


 記憶のひとつでは、「彼」は人間たちと敵対していた。

 立ち昇る硝煙。襲い来る銃声。

 草原を駆ける仲間たちが、スポーツ感覚でジープに追い回され、面白半分に撃ちとられていく。

 仲間たちが、次々に血に倒れ、草原に転がっていく。

 どもたちは巣穴から引きずり出され、崖の上から投げ捨てられた。


 仲間たちを、仔らを守るために。

 脅威を排除するために。

 ただそれだけのために、「彼」は人間へ飛びかかった。

 牙を突き立てた瞬間、別の人間が「彼」に銃口を向けた……

 

『コロセ!』

 初めて、「彼」の意識に「憎悪」が宿った。

 それは本来、野生動物が持つはずがなかった感情。

「彼」の記憶に、別の「前世」の記憶が混ざり合ってしまったのだ。


「そうや。ワイは……」


 手の中の燃え上がる球体を見つめながら、「達月」がつぶやいた。


「ワイは、あんとき、『狼』やったんや……」

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