第76話

 「おや、気がついたかい?」


 目を覚ますと見知らぬ場所にいた。どうやらベットに寝かされていたようだ。


 ゆっくり身体を起こすと急に激しい痛みが額に走り反射的に額を手で押さえた。あれ?何もない。痛みに反して手で触った額には特に変わった様子はなかった。


 「回復魔法で治療されたのは初めてかい?不思議だよねぇ。魔法で治療すると傷は綺麗に治っているのに痛みは何故だか残るんだよねぇ。まぁ、暫くすると痛みも治るから我慢する事だねぇ」


 柔らかい声で僕に語りかける男に視線を向けた。なんだか優しそうな人だった。


 「おっと。自己紹介がまだだったね。僕はフロウ・ナゲルっていうんだ。宜しくね、ネール君」


 フロウは僕に手を差し出した。なんだかよく分からないけど、つられて差し出された手を握り、握手した。手を強く握られた。


 フロウを見ると顔には笑顔が張り付いていた。目はあっている筈なのに、僕を見ていない。そんな印象を受けて、言いようのない気持ち悪さを感じた。


 「ふふっ。宜しくね。因みに僕は騎士団所属で主に看護を担当している治癒士だよ。覚えておいてね。それにしても君、大変だったねぇ」


 団長と副団長に虐められたんだって?フロウは顔に張り付いてた笑顔を更に深めて言った。あぁ、そうか。ゴーティに連れられて伯爵の館に入って、アティラに剣を向けられて......あれ?ここ、何処?


 「すいません。ここは何処ですか?」


 「おっ!初めて口を開いてくれたね。なかなか可愛い声をしてるじゃないか。ここは騎士団の宿舎の中にある医務室だよ」


 僕が寝ていたベットと同じものが幾つか並べられている部屋で結構広いけどこの場には僕とフロウしかいなかった。


 「まぁ、取り敢えず君は大人しく寝とくといいよ。って、あぁそうだった!君が起きたら報告するよう副団長に言われてたんだった」


 ちょっと待っててねと言ってフロウは部屋を出ていった。部屋はとても静かだった。


 何の為に、か。ゴーティがいい放った言葉を思い出した。試す、と言っていたから何かしらの理由があってのアティラとゴーティの態度だったのかも知れない。もしかしたら門にいた衛兵達も。必要以上に僕も熱くなっていたのかもしれない。


 だけど例えどんな理由があれ、言っていい事と悪い事があるし、僕にとってそれは到底許せる事じゃなかった。


 落ち着いたせいか、二人と対面した時の一瞬で湧き上がった強い憤りは今はなくなっているけど、代わりに心の底が冷たくなるような静かな怒りがじわりと滲んでくるのを感じた。


 足音が部屋の外からこちら側に近づいてくるのが聞こえ部屋の扉が開き、フロウとその後ろにゴーティが入ってきた。


 ゴーティは僕のそばまで近づきベットの横の椅子に腰掛けた。じっと僕を見つめるゴーティの視線は高く、椅子に座っているのにも関わらず僕が見上げる形になった。


 フロウはゴーティのそばに先程と変わらない笑顔で立っている。暫く沈黙が続いた。


 「額は、まだ痛むのか?」


 「そうですねぇ、先程治療が終わったばかりなのでまだ痛む筈ですよ?」


 お前に尋ねたわけではないと、僕から視線を外さずフロウに言った。


 「まだ、少し痛みます」


 「そうか」


 また沈黙が続いた。


 「あのー、副団長。ネール君に話があるならさっさと済ませていただけませんかね?僕も暇じゃあないんですよね」


 ゴーティはひと息をついた。


 「ネール君、君を騎士団見習いとして入団させる事が正式に決定した」




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