第72話






 「君がネールか。ゴーティが推薦したと言うからどんな人物かと思っていたが......ただの薄汚い農民の子供じゃないか」


 出会い頭、目の前の女性は僕を見て開口一番、辛辣な言葉を吐いた。


「はぁ......。少しでも期待した私が間違っていたようだな。こんな汚らしいガキが騎士団など、入隊させて仕舞えば我々のみならずマーウェル卿の品格、品位が問われてしまうわ」


 そばに控えるゴーティは何も言わず、無表情だった。


「農民風情が騎士になりたいだのと、身を弁えるべきだな。子供とはいえ最低限の常識は知っておくべきだ。それとも、君のご両親はその常識を子供に教えることが出来ない程、無能なのか?頭の悪い農民の親を持つと大変だな」


 肩にかかる長く艶やかな銀髪を手で払い除けながら、その美しい顔を歪ませ嘲笑した。凛とした立ち姿、纏う威厳、威圧感は目の前の女性が騎士団団長である事を裏付けるものだった。


 目の覚めるような端正な顔立ちは見る者全てを惹きつけてやまないような、そんな美女だった。


 想像とは異なる、マーウェル騎士団団長が女性で、美女で。


 ......だけど、それがどうした?そんな、事どうだっていい。


 目の前の女性が吐き捨てた幾つかの言葉に、怒りで震える手を握りしめた。









 サーロスとメルルの獣人親子とは冒険者ギルドで別れた。ギルドで護衛依頼完了の報告を行った後、名残り惜しさを残さないよう、お互いに二言三言お礼と別れの挨拶を交わしたした後、時を移さず別々の道を歩き出した。


 人混みに紛れながら目指したのは領都の北西の地区にある伯爵の館だ。館、と言うか見た目は完全に城で、まだまだ遠くにあるその館の姿は領都中央の広場からでもその姿を見る事が出来た。


 伯爵って爵位の貴族様は皆んな城に住んでるのかなぁ?とか思いつつ人の流れに飲まれながら館を目指してしばらく歩いた。


 北西の地区に近づくにつれ、次第に人は疎になってゆき、閑静な雰囲気が漂うようになっていった。なんだか緊張してきたな。僕みたいな子供でしかも農民の子でって、場違い感が半端ない。疎に行き交う人達の視線を受け、なんだか気まずく感じてしまう。


 そんな事を考えながら歩いているといつの間にか鉄柵に仕切られた場所まで来ていた。


 鉄柵より先にも道が続いているけど、その先に行くには鉄柵の簡素な門を潜らないと先に進めないようで、門の前には衛兵が二人いた。門の前で直立不動になって微動だにしない二人の衛兵は僕が近づくと視線だけを僕に向けた。


 「何用か?それとも道にでも迷ったか?」


 「いえ、迷った訳ではありません。騎士団の見習いとなる為、伯爵様のお館まで向かいたいのですが」


 無表情だった衛兵達は鼻を鳴らし侮蔑するような視線でこちらを見た。


 「そうか、騎士になりたいのか。それなら今は無理だ。騎士は募集していないからな。数年後なら募集しているかも知れないからその時また訪ねてくればいい」


 煙たがられているのはすぐに分かったけどそれも無理ないのかも知れない。見窄らしい格好の子供なんかいちいち相手にしてられないだろうし。そう考えれば彼らの冷たい態度を取る理由も何となく理解出来るし、むしろ忠実に業務を遂行しているとも言える。


 「すいません。これをご覧頂けますでしょうか?」


 ダキタヌ騎士団副団長様から頂いた推薦状です、と背負い袋からゴーティに貰った推薦状を取り出して、推薦状に押されたダキタヌ子爵家の印章の印が衛兵達の目に留まるように広げて見せた。


 推薦状に押された印を目にした二人は少し驚いた様子で顔を見合わせ、一人が推薦状を手に取り書かれている内容を確認した。


 「成る程、確かにこれは間違いなくゴーティ・ダキタヌ副団長が書かれた騎士団見習いの推薦状だな。で、お前はこれを何処で拾った?」


 推薦状の中身を確認した衛兵がそう言うと、もう一人の衛兵が僕の肩を強く掴んだ。


 「取り敢えず話を聞かせてもらう」と、すぐそばの詰所に連れて行かれた。えぇ?どういう事?って思ったけど詰所の中で尋問の様な物を受けさせられて、どうやら衛兵達は僕の様な見窄らし姿の平民が、しかも子供が騎士団の推薦をもらうなんて有り得ないって思っている様だ。推薦状は僕が拾ったか、盗んできた物ではないかと疑っていた。


 「あの、一つよろしいでしょうか。推薦状には僕の名前が書かれています。僕がネールである事は商業ギルドの身分証があるので証明出来ます」


 商業ギルドの身分証を提示したけど、それを見ることもせず、「ネールなんて名前はそんなに珍しいものではない。そんな物を見せられてもお前が騎士団に推薦されたネールという人物である事の証明にはならん」


 推薦状をどうやって手に入れたか白状しろ!と衛兵は段々語気が強くなっていたけど推薦状はゴーティからもらったとしか答えなかったし、それしか答えようがなかった。


 しばらく僕と衛兵の押し問答は続いたが平行線を辿り時間だけが過ぎていった。


 「よし分かった。正直に話すまで地下にいろ」衛兵は僕の身体をロープで縛り詰所の地下にある牢屋に押し入れた。


 推薦状は間違いなく僕を推薦して頂いた物なんです!と訴えたけど聞く耳持たず衛兵は地下から去り、地下のカビ臭く、殆ど明かりがなく暗い牢屋に僕一人だけが残された。



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