Ⅶ
三咲は翔也の袖を握っていた。
「まぁ、いいけど…。二人乗りは自信ないぞ」
翔也は、頭を掻きながら言う。
「うん。大丈夫」
二人はゲームセンターを出ると、一階の本屋に移動し、漫画や小説を買った後、駐輪場へと向かう。
自転車の籠に、さっき買った本を入れ、その上にゲームセンターを出る前にビニール袋に入れておいたイルカのぬいぐるみを置く。
翔也が前に座り、その後ろに三咲が座る。
(えー、二人乗りってこんな感じだったか? なんか、夏海と二人乗りした時とは、また、違うような…)
翔也はペダルに足を載せる。
「動くぞ」
「うん…」
三咲は自然と後ろから、翔也に抱きつき、落ちないようにしっかりと両腕で固定する。
翔也の心臓は、ドキドキしてはち切れそうだ。
(落ち着け…たかが二人乗りだ…。そうだ、夏海と思えばいい。きっと、そうに、違いない)
翔也は、ペダルを漕ぎ始めた。
自転車はゆっくりとスピードを出し、西の方へと向かって走る。
さすがの翔也も家に帰るまでの二十分程、三咲に抱きつかれたままでいると、心臓がとても苦しい。
家に着いた頃には、どっと疲れが出た。
「ほら、着いたぞ」
半分眠りかぶっていた三咲の腕を軽く叩く。
「ふぇ、もう、着いたの?」
三咲は、翔也から腕を放し、自転車からゆっくりと降りる。
翔也は自転車を車庫に入れ、籠からイルカのぬいぐるみと本を取り出す。
「ほらよ」
三咲にイルカのぬいぐるみを渡す。
「………」
「どうしたんだ?」
「………」
三咲は黙ったまま受け取る。
「ねぇ、翔君」
やっと口を開いた。
「なんだ?」
「うんん。なんでもないや。また、明日ね」
「ああ、明日な」
三咲は自分の家に帰って行った。
「何を言おうとしたんだ? あいつ…」
翔也は自分の家に入った。
「ただいま!」
三咲はリビングに入って来て、ソファーにイルカのぬいぐるみを置く。
「三咲、手を洗ってきなさい!」
「分かってる! 今からやるって‼」
三咲は洗面所に向かい、手をしっかりと洗う。
そして、再びリビングに戻ってソファーに座りながらイルカのぬいぐるみを抱きかかえ、テレビを点ける。
「三咲、何か、いいことでもあった?」
由紀が料理をしながら言った。
「え? なんで?」
三咲は首を傾げた。
「だって、久々に楽しそうな顔をしていたものだから」
「そう? まぁ、でも、楽しかったっていえば、楽しかったかな?」
三咲は、大事そうにイルカのぬいぐるみを抱く。
「でも、遊びの方も程々にしなさいよ。もう、高二なんでし、勉強もあるんだからね」
「分かってるって…うるさいな。もう…」
三咲はウトウトしながら横になる。
すると、財布がポケットからこぼれ落ちる。
(今日は…楽し…かっ……)
三咲はそのまま眠りにつく。
眠ってしまった三咲に気づいた由紀は、三咲のもとに行き、テレビを消し、財布をテーブルの上に置こうとした時だった。
財布の間に挟まっていた紙が床に落ちる。
由紀はそれを拾い上げ、つい、見てしまった。
(あら、これは……)
由紀は嬉しそうにそれを眺めた。
(よほど楽しかったのね…)
翔也と三咲のプリクラ写真をそっと財布に挟んだ。
「お兄ちゃん。今日は部活じゃなかったの?」
夏海が翔也に問いかけた。
「ああ…」
「で、今までどこに行っていたの?」
「ちょっとな…」
と、リビングで質問攻めにあう翔也は、買ってきた漫画を読みながら適当に答える。
「ふーん」
「一人で? お兄ちゃんが?」
「ああ…」
「その本屋の袋、ショッピングモールにある本屋さんだよね?」
「そうだな」
「漫画、買うのに、そんなに時間かかるっけ?」
「昼飯も食ったからな」
「ああ…。そういう事…」
夏海は納得した。
キッチンからは、カレーのいい匂いが漂ってくる。
読み終わった漫画をテーブルに置き、キッチンの方に移動する。
「どうしたの?」
「ん? 牛乳が飲みたいと思ったから…」
冷蔵庫を開いて、牛乳パックを取り出す。
「私の分も注でおいて…」
「あいよ…」
翔也は二人分のコップを取り出して、牛乳を注ぐ。
「ほれ、そこに置いておくぞ」
と、コップを夏海が取りやすいところに置き、再び、牛乳パックを冷蔵庫に直す。
「ありがとう…」
翔也はごくごくと牛乳を飲み、流し台に置く。
「今日のカレー、辛いか?」
「お兄ちゃんの口に合わせて、少し辛めに作っているよ」
「母さん達は?」
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