53.朝倉さんのプレゼント

「なんかケーキ食べに来た女みたいになっちゃったね……」

「いえいえ。祝ってくれてとっても嬉しかったですよっ!」

「喜んでくれてなによりだよ……」


 玲奈はあの手この手で美希のことを祝おうとしてくれたようで、美希も楽しそうにしている。


「ありがとな、玲奈」

「えっ? なにが?」

「俺のメッセージに既読つかなかったの、今回が初めてだよ。それだけ必死に探してくれたんだろ」

「べ、別に。君のメッセージに既読がいつもついてるのは別に待ってるからとかじゃないし、プレゼントも美希ちゃんのために探しただけだから」

「それでも、ありがとう」

「ううぅぅぅぅ!」


 照れたようにぽすぽす俺の胸を叩く玲奈。やっぱり非力で、かわいらしい。

 今まではおかしいくらいに早かった既読もつかなかったから少し心配はしたが、こんなに嬉しそうな美希の顔はなかなか見られない。俺と日向たちに祝われる誕生日では、それほど特別なものも準備はできない。


「ねえ、玲奈さん」

「どうしたの?」

「誕生日はいつですか? お礼……じゃないですけど、こんなに楽しい誕生日にしてもらったので。次はわたしも! と、思いましたけど、兄さんと二人で過ごしたいですよね」

「えっ!? い、いや別にそんなことは……?」


 ちらちらとこちらを見てくる玲奈。その視線はどこか期待に満ちている。


「……とりあえず、二人で」

「よっし……あ、えっと。十二月だよ。十二月二十日」

「結構先だな」

「そういう悠斗は?」

「俺は十月三日だよ」

「わかった」


 互いの誕生日を確認し合う。俺の誕生日は美希の誕生日のちょうど二ヶ月後だ。玲奈の誕生日はクリスマスと近い。


「おふたりさんよぉ、そろそろ遅いから帰った方がいいんじゃねぇのか? 俺らも帰るわ」

「うん。北条さんも結花ちゃんもありがとう。とっても楽しかったです」

「うん! またねー! はーあ、美希がうちの学校来たら賑やかになるのになぁ」

「月城に受かっても先輩のところに行く勇気はないなぁ」


 にぎやかに笑う三人。二人は中学の頃から、この日はいつも空けていてくれるのだ。良い友人を持ったと思っている。

 日向は結花と、俺は玲奈と一緒に家を出る。イチャつきながら歩いていった日向たちに苦笑を浮かべながら、俺と玲奈も歩き出す。


「わざわざありがとうな」

「別に。君にお礼言われるようなことはしてないし」

「そっか」

「その余裕の表情めちゃくちゃ腹立つなー!」


 怒りながらも、自然に俺の手を握ってくる玲奈。にやにやして俺の顔を見てくる玲奈だが、俺が顔色を変えないのを見るとがっかりしたように肩を落とした。


「残念」

「照れてよ」

「無茶言うな」


 ため息をついた玲奈は、ぴったりと身体をひっつけてくる。かわいいとか柔らかいとかいろいろと感想はあるが、なにより暑い。それと同じくらいに、歩きにくくて仕方ない。


「玲奈、歩きにくい」

「知りませーん」

「そういうこと言うなら……」


 ひかがみの辺りに手を伸ばして、玲奈の身体を抱えあげる。慌てて俺の首に手を伸ばした玲奈の背中と太ももを支えて、所謂お姫様抱っこの形を作る。

 じたじたと足をばたつかせて、でも落ちるのは怖いのかしっかり俺の首に抱きついている。


「離してっ!? ちょっ、やだ! 恥ずかしいからっ!」

「誰も見てないけど」

「そゆことじゃなくない!?」

「人がめちゃくちゃいるビーチで要求してきた人は誰だったっけ」

「それはぁ……えっ、いや待って!? このまま歩くの!?」


 玲奈の顔は真っ赤になっている。街灯に照らされてよりわかりやすくなった視線は一点を見つめることなくきょろきょろしているが、それでも時折俺と目が合ってまた足をばたつかせる。

 やがて暴れるのも疲れてきたのか、しっかりと俺の首に抱きついたままじっと俺の顔を見てくるようになった。


「近いな」

「君がやったんじゃん……何言ってんの」

「そうだけどさ。思ったより近くて」

「はぁ……もうやだ。なんでわたしばっかりこんな気持ちしなきゃいけないんだか……」

「どういうことだ?」


 少し不安になって聞き返す。玲奈は不満そうにそっぽを向いて言った。


「なんでわたしばっかりこんなにどきどきなきゃいけないんですかー!」

「……かわいい」

「うるさいっ!」

「夜だからもうちょっと静かにしような」

「それは……ごもっとも。うん」


 口ではそう言っていてもこの状況は嫌でもないらしく、両足を一緒にぶらつかせている。本当に子どもみたいで、思わず笑ってしまう。

 一瞬顔をしかめた玲奈も、怒る気はないらしく機嫌良くしている。


「今日ねー、結構いろいろ探したんだ」

「そっか」

「でもね、なかなか美希ちゃんに似合いそうなのも見つからなくて。どれがいいかなーって思ってたら一時間くらい経っててさ」

「そっか」

「ようやく見つけたから、喜んでもらえて嬉しかったんだ」

「そっか。ありがとな」

「うん」


 話を聞いてくれたのが嬉しかったのか、さらにご機嫌になる。

 美希と玲奈はどこか似ているような気がする。初めて好きになった女の子と妹を似ているというのもおかしな話だし、感情表現の方法がほぼ真逆な気がしなくもないが、こういう寂しがり屋なところは一緒だ。


「玲奈」

「んー?」

「明日はちょっと遠出するか?」

「おー、唐突。どういう風の吹き回し?」

「別に。ちょっとそういうのもいいなって思っただけ」

「ふーん。あ、じゃあさ――――」






 玲奈を送り届けて家に帰ると、午後十時を回っていた。

 玄関のドアを開けるが、美希の声は聞こえない。いつもは俺が帰るまで待っているし、真っ先におかえりと言いに来るのだ。家に誰もいないときに一人で寝るのが怖いらしく、どれだけ帰るのが遅くてもリビングのソファーで寝落ちするまでずっと俺を待っている。


「ただいまー……美希?」


 リビングにも美希の姿は見えない。風呂の明かりも消えていたので、部屋に行ってみる。ノックをしても返事がなかったので、ドアを少しだけ開けてみる。

 ベッドですやすやと寝息を立てる美希。いつもは真っ暗な部屋は少しだけ明るい。


「おやすみ」


 心做しかいつもよりもずっと幸せそうな寝顔を見て、俺は美希の部屋のドアを静かに閉めた。

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