49.朝倉さんとなんでもない日

『うち来ない? 暇』


 そんなメッセージが来たのは、正午過ぎだった。夏休みだが特にこれといってやることもなく、今は夏休み期間中だけのアルバイトを探しているところだった。


『急だな』

『いいでしょ別に』

『いいけど』


 なるほどな。どうやら玲奈は相当寂しいらしい。


『忙しい』

『えー?』

『無理』

『そう言わないでよ。かわいい彼女が暇だって言ってんのに』

『調子乗ってるなぁ』

『ほら来て来て』


 まずい。面倒くさいところが悪化している。というか、なんか浮かれている気がする。かわいい彼女、という点を否定するつもりは毛頭ないが、わざわざメッセージで言ってくるあたり間違いなく浮かれている。

 もちろん、俺も少し浮かれている。だからちょっと、からかってみる。家を出る準備をしながらメッセージを返す。


『忙しいんだって』

『どうしても?』

『どうしてもって言ったら』

『わたしよりその用事が大事?』

『めんどくさ』


 メッセージが止まった。既読はついている。それから二分ほど経って、返信が来た。


『わがまま言ってごめんなさい』

『もう言わないから』

『許して』


 それからもしばらくそう言ったメッセージが届き続ける。最後の俺の返信が『めんどくさ』だったことが不安だったのだろうか、はたまた俺を心配させるためのメッセージなのかはわからない。

 メッセージが止まないので通話ボタンを押す。一秒、すぐに玲奈は応答した。


「そ、その! 違くて……えっと、用事あるなら無理にしなくていいから! ごめん!」

「大丈夫」

「えっ?」

「用事、ないよ。今から行く」

「……はぁ!?」


 鼻声が聞こえてくる。まさか泣くほどとは思わなくて、少し罪悪感。


「なんそれ、そういうのほんと、なしだから!」

「悪いとは思ってる。まさか泣くとは思ってなくて」

「泣いてない!」

「でも、いつも俺の事からかってくるのは玲奈だぞ?」

「うっ……それは……」


 ごにょごにょと小さい声でなにかを言っているが、聞き取れない。俺は美希に家を出るというジェスチャーをして、玲奈の家に向かう。

 玲奈はまだ不服そうにごにょごにょ言っていたが、俺が玄関のドアを閉める音が聞こえたようで、若干声が明るくなった。


「どれくらいかかるの」

「ちょっとのんびり行こうかな。暑いし」

「熱中症とか気をつけてね」

「ありがとう」

「コンビニとかでアイス買ったりして食べながら来たらいいんじゃない?」

「うん……さては、買ってきてもらおうとしてるだろ」

「バレた」


 仕方ないから買って行ってやることにしよう。溶けてはいけないので、玲奈の家の近くのコンビニで買うことにした。

 外はからっとした暑さで、ほどよく汗が流れる。


「外、暑い?」

「暑い」

「……ごめん」

「なにが」

「わがまま言って」

「気にしてない」


 暑いのは玲奈のせいではないし、夏休みは予定がなければ暇だというのもよくわかる。

 それに、俺だって玲奈に会えないと少し寂しいのだ。


「コンビニ入るから、通話切るぞ」

「あ、うん」

「アイス、何味がいい」

「いちごー」

「ん、適当に買っていく」

「ありがと! お代は後で渡すね」

「気にしなくていいのに」


 通話を終えて、スマホをポケットにしまう。流れる汗を拭って歩く。通話を終えてから気づいたけど、玲奈の家まではまだまだ遠くて、玲奈の分のアイスをどうしようか考える。喜んで欲しいものだ。

 寂しがり屋で素直じゃない玲奈を見られるのが嬉しくて。なにより、いつも頑張っている玲奈がこうやって俺にだけはわがままを言ってくれることが嬉しかった。

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