32.朝倉さんとできること

 俺と朝倉がとんでもない誤解をされながら、俺たちは家に帰ることにした。来るときと同じで、俺と朝倉は三人の後ろを歩く。


「やらかしたね」

「やらかしたな」

「こうなったらいっそ付き合っちゃう?」

「馬鹿か?」


 どう考えても間違っている。朝倉は不満そうに口を尖らせているが、逆にここで俺がそうするか、なんて言っていたら朝倉はどうするつもりだったんだ。

 前を歩く三人は、時折ちらちらとこちらを見てくる。その度に朝倉は有無を言わさぬ笑みを浮かべて、さっきの出来事をなかったことにしようとする。


「ま、わたしはいいんだけどね。君とどういう関係だと思われようが。実際男子でちゃんと話すのなんて君くらいだし。わたしの中では北条くんですらよく話す男子だよ」

「てっきりよく声掛けられてるもんだと思ってたよ」

「まあ、最初はね。遠回しに君には興味無いよって伝え続けたら自然と減ったかな。だから、北条くんみたいに下心なしでってなるとぶっちゃけ助かる」

「まあ、そういうもんか」


 確かに、日向は彼女がいる。俺は朝倉の秘密を知ってしまったから一緒にいる。なるほど、男子の繋がりはあまり多くはないらしい。少しだけほっとする。

 ……ほっとする?


「なんなんだよ……」

「どしたの」

「なんでもない。最近ちょっと疲れてるみたいで」

「そうなんだ? しっかり休みなよ。もし寝れないときとかは、寝落ちするまで通話に付き合ったりしてあげる」

「あははっ、いい案かもな」

「でしょ」


 別に眠れないわけではないので必要はないが、本当に眠れなくなったときは頼ってみようか。なんとなく、朝倉の声をずっと聞いていると眠くなる気がする。

 電車に乗って、それから少し歩いて。ようやく家に帰ってきた。日向たちは夕飯も食べていくらしい。


「それでは、わたしはこれで」

「えっ」

「えっ?」

「帰るのか?」

「帰りますけど……?」


 きょとんと首を傾げる朝倉。だが、疑問に思っているのは俺だけでなく美希も一緒だ。


「みんなで食べようと思ってたんですけど」

「わたしまでよろしいのですか?」

「モチ……ってあたしが言うのも間違ってんだけど、ハルと美希は元から最後まで一緒のつもりだったみたいだよ? まあ玲奈の都合が悪いとかなら無理にとは言わないけどね」

「……そうなのですか?」

「俺はそのつもりだった」

「わたしもです。前に兄さんが作る時に夕飯を食べていくって言っていましたし」

「それはもういいと思うけど」


 美希には話していないが、朝倉は粥とはいえ俺の料理は食べている。粥なんて誰が作っても同じだと思うが、朝倉はそれで満足してくれていた。そもそも俺は朝倉に料理を振る舞うつもりなんて無い。美希のものと比べたら、とても人に自慢できるものじゃない。

 ぽかんとした朝倉。確かに、傍から見たら、結花や日向の方がおかしく見えるかもしれない。人の家で当たり前のように夕飯を食べようとしているのだから。でも、両親が滅多に帰ってこないから食事を共にする相手がいつも兄しかいない美希への思いやりだということを知っている。


「では、是非。今日は悠斗が作ってくれるのですか?」

「嫌だ」

「……悠斗が作ってくれるのですか?」

「わかったよ……」


 やっぱり、面倒な女だ。

 そんなことを言いながらも、朝倉はどこか嬉しそうにしている。


「どうした」

「いえ……みんな、わたしのことも仲間に入れてくれるんだと思いまして」

「たまに変な事言うな、お前」

「わたしもそう思います」


 くすくすと笑う朝倉。

 結花や日向の朝倉への態度は、他の生徒が朝倉と接する理由とは違う。朝倉とそういう仲になりたいわけではないし、朝倉を利用してクラスの立ち位置を作りたいわけでもない。

 ただ、朝倉玲奈という一人の女の子と、友達として仲良くしたいだけなのだ。

 少し時間は早いが、三人を帰すのが遅くなってしまっても悪いのでキッチンに入る。


「わたしも手伝います」

「いいよ。大丈夫」

「さすがに申し訳ないから、手伝わせて」

「わかった」


 日向たちは美希と遊んでくれているらしい。その様子を見ながら、俺は具材をカットすることから始める。


「朝倉、塩取って」

「塩、どれ」

「棚の手前のやつ」

「……これか!」


 塩を見つけたらしい朝倉が自信満々に渡してきた容器は、上白糖。


「朝倉、これ砂糖」

「あれ?」

「いや、わかりにくかったよな。ありがとう」

「ごめん」


 豚肉に塩を振りかけて、同時進行でキャベツに梅干しを混ぜる。


「それなに?」

「肉巻きキャベツ。梅干し入れるとさっぱりして美味しいって結花が気に入ってるんだよ」

「へぇ。あ、すっぱいのは好きだよ」

「それはよかった」


 肉を並べて、その上に梅を練りこんだキャベツを乗せる。その上にしそを散らして、肉を巻いていく。


「俺が作るのはこんなのばっかりだから、誰が作っても一緒だよ」

「それはどうかな。わたしが巻いてみようか?」

「なんだそれ。巻くだけだぞ」


 朝倉にビニール手袋を渡す。なにやら得意げな表情で肉を巻く。その手は俺のものと比べてとても小さくて、白くて、細い。

 その綺麗な手が巻いたものは、酷い有様だった。


「……なんで?」

「おお、これ玲奈がやったの? ひどいね」


 横からキッチンに入ってきた結花は、朝倉の作った肉巻きキャベツを見て咄嗟にそんなことを言った。

 巻き、というよりキャベツを挟んだ肉があった。しかも、その肝心のキャベツも横からほとんどはみ出ている。


「自分ではそれなりに不器用だと思ってるんだけど、なんかみんな勝手にわたしのこと器用だと思っちゃうんだよね」

「まあ、確かに。朝倉は器用ってイメージはあるよな。なんでもできるって」

「でしょ。でも、実際はこう。だからさ、君はもうちょっと自分に自信持っていいよ。少なくとも、わたしよりは器用」

「なんだそれ」


 朝倉には、俺に自信が無いように見えたらしい。いや、もしかしたら俺が朝倉に言われても二つ返事で作ってやると言えなかったのは、朝倉に美味しいと言われないときが怖かったのかもしれない。


「朝倉は、人のことをよく見てるな」

「君だけだよ」

「俺、そんなにわかりやすいか」


 そもそも自分が気づいていないことを朝倉が気づいていたことに驚きだ。それはそれとして、許容できる範囲とできない範囲はあるが。


「これは酷すぎるけどな」

「……やっぱり?」


 肉を焼いて、同時進行で小松菜とピーマン、ベーコンを炒めて、味噌汁を作る。


「器用だねぇ」


 そう言って朝倉はずっと俺の隣で様子を見てくる。正直なことを言うと少し邪魔だが、朝倉にそう言われると悪い気はしない。

 完成した料理を運ぶ。朝倉はようやく出番が回ってきたと思ったのか、完璧を演じていても隠しきれていない笑みを浮かべながら食卓に料理を運んでくれる。

 俺と朝倉が席につくと、結花は早速といった様子で言った。


「いただきます!」


 他も次々と「いただきます」と言って、料理に手をつける。


「うんまい……これ好き、ありがとねハル」

「知ってる」

「美味しいですね。ほんとに、また食べたいです」

「……気が向いたらな」


 なんてことを言っているが、なんだかんだで朝倉が来たらまた作ってしまいそうな気がする。


「兄さんがにやけてる……?」

「えっ?」

「えっと、なんかにやにやしてた……ような?」


 美希が不思議そうに首を傾げている。にやけていたつもりなんてないし、にやける理由もない。

 もし理由があるとしたら、朝倉の言葉が嬉しかった、なんて理由くらいだ。


「……いや、気のせいだな」

「そっか」


 美希に言ったのか、自分に言ったのか。やっぱり、最近の俺は少しおかしい。

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