第154話 だから

「いいのかい?話しても……」


「いいよ。

 ちょっと残酷な話だけどね」


由香は小さく語る。

優しく語る。



 明るい世界?

 暗い世界?


 ううん。

 どっちでもない。

 お姉ちゃんがいたのは狭い場所。

 だけどそこにいると安心したんだ。

 暖かくて気持よくてここにいると心がほっとするんだ。

 でも、お姉ちゃんはその世界から追い出された。


 これは、私の姉。

 理香の少し切ない物語。


「嫌だ!出たくない!」


 お姉ちゃんは、そう叫んだ。

 だけど、誰にもその言葉は届かない。


 眩しくて寒い。


 お姉ちゃんは、大きな声で叫んだ。


 そんなお姉ちゃんに誰かが何かを言った。


「おめでとうございます。

 元気な女の子ですよ」


 でも、お姉ちゃんにはその人の姿が見えない。

 そして、お姉ちゃんにはその人が何を言っているのか理解できない。


 不安。

 恐怖。

 絶望?


 お姉ちゃんは、大きな声で泣いた。

 涙は出ない。

 だけど、いっぱい泣いた。


 でも、そんなお姉ちゃんを温かい何かが包み込んだ。


 懐かしい香り。

 優しい香り。

 温かい音。


 お姉ちゃんに伝わるその振動を感じたとき私はすぐに理解した。

 この人がママなんだ。


 そして、そのあとに聞こえる低く優しい声。

 それはきっとパパの声なんだ。


 落ち着く空間。

 安らぎのひととき。

 でも、お姉ちゃんは不安でいっぱいだった。


 お姉ちゃんは、両手を伸ばせる自由を手に入れた代わりに安心感を失った。


 ただ怖い。

 ただ寂しい。

 そして不安。


 だから、お姉ちゃんは泣いた。

 だから、いっぱい泣いた。


 何も知らなかった。

 生きることは死ぬこと。

 死ぬことは怖いこと。

 そして、苦しいってことなんて考えもしなかった。

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