未成年でなくなるから

天宮さくら

未成年でなくなるから

 これは夢だ、とすぐにわかった。

 夢の舞台は私の部屋。現実にあるものと同じベッドと勉強机がそこにはある。昔から愛用しているクッションは少し頼りないし、机に置いたままの辞書は日焼けしてかすれている。

 ベッドの上には私より三つ年上の彼・なつくんがいる。彼はそこで文庫本を熱心に読んでいた。彼は読書家なのだ。そのためなのか視力が悪く、眼鏡をいつもかけている。

 読んでいる本は難しい内容ばかり。私なら絶対手に取らないような本を夏弥くんは好んで読んでいる。彼はとても賢い人なのだ。私の知らないことをたくさん知っていて、わからないと悩む私にいろいろと教えてくれる。

 とても知的で素敵な人。

 そして、夏弥くんはカッコいい。友達は夏弥くんを「見た目がえない男」と言うけれど、そんなことは決してない。静かに読書をしている夏弥くんはとてもカッコいい。

 会話をしてくれる夏弥くんは穏やかで、笑った時の表情は柔らかい。見ているだけで安心するし、その横顔は私の心をぽかぽかと温かくしてくれる。読書をしている姿は静かで綺麗。ずっと眺めていられる。そのくらい、私は夏弥くんが大好きだ。

 けれど、私は悩みを抱えている。

 夢の中で、私はなぜか振袖を着ていた。この時点で非現実的。これが夢でなくて何だというのだろう。

 着ている振袖は、このあいだ着物レンタル屋さんで試着したものと同じデザイン。赤色の着物で、ところどころに鶴や菊が描かれている。華やかでおめでたい着物だ。帯は白色。そこにピンク色の桜が小さく描かれている。すっごく可愛いと思う。

 私は今度の日曜日、成人式を迎える。晴れて大人の仲間入りを果たすのだ。

「ねえ、可愛いでしょ?」

 夢の中でそう言ってポーズを取る。袖を振って、こっちを見てとアピールする。けれど夏弥くんは視線を文庫本から離さない。

 夏弥くんは読書が大好きだから、ちょっとのことでは中断しないのだ。

 だから私は少し不機嫌になる。

 ──もっとこっちを見て欲しい。

 読書中の夏弥くんを振り向かせるのはとても難しい。彼は本の内容に没頭しているし、読書の邪魔をされるのが大嫌い。そして私は読書中の夏弥くんを見るのがとても好き。できれば中断させたくない。

 ──でも、気づいて欲しい。

 私はあと少しで成人する。大人になる。そうすれば、キス以上のことを体験できる。私はそれをしたい。その相手は夏弥くんがいい。本当は成人なんて待っていられなかった。でも、そこは夏弥くんが譲らなかった。

 私のことが大事だから、大人になるまでお預けなのだ。

「夏弥くん。こっち見て」

 夢の中で私は呼びかける。けれど夏弥くんは反応しない。静かに読書を続けている。

 それが悔しくて、夢の私は大胆な行動に出た。

 帯を止めていた腰紐を一本ほどく。けれど、一本だけじゃ帯は少しもゆるまない。だから次々と手当たり次第に解いていく。解くたびに腰の圧迫が減っていって、ついには音を立てて帯が床に落ちた。

 夏弥くんを見る。彼の視線は相変わらず本に落ちている。

 今度は着物を脱ぎにかかる。腰に巻いた紐を外し、裾を床につける。ゆっくりと肩から脱いでいき、袖からすとんと落ちるようにして脱ぎ捨てる。

 思いのほか着物って重いのだな、と夢の中で思った。

「ねえ、夏弥くん」

 着物の下に着る肌襦袢じゅばんの格好で夏弥くんに呼びかけてみる。けれど夏弥くんはまし顔。私の行動にこれっぽっちも気づかない。

 ──ねえ。私、こんなにも脱いだんだよ?

 肌襦袢の紐をひとついて身軽になる。どんどん素肌を見せていく。それと同時に私は夏弥くんに近づいた。

 脱いでほうって下着姿になる。ベッドに乗って、夏弥くんの目の前にいく。

「私、もう、大人なんだよ?」

 ──だから、この先もしてみたいの。

 普段の自分なら絶対にできない行動をしている。心臓が痛みを感じるくらいに激しく鼓動している。夢の中だと理解しているのに、これが現実なのだと錯覚しそうになる。

 やっと、夏弥くんが視線を本から私に向けた。思慮深くて思いやりのある眼。私の大好きな、瞳の強さ。

 視線がこちらに向いたことで、私は夏弥くんにキスしたくなる。

 誰よりも好きで、誰よりも一緒にいたい人。そう思うから、キスがしたい。キス以上を、体験したい。

 それなのに。

「そんな格好をしていたら風邪ひくよ」

 夏弥くんの冷静な言葉に私は思考が停止し、夢から覚めた。



 成人式は今度の日曜日。その前に写真館で記念撮影をした。

 写真撮影なんてあっという間だと思っていたけれど、予想以上に大変な作業だった。着物は重くて肩が凝る。髪はワックスでガチガチに固められる。あちこちに髪飾りを取り付けるから頭が重い。カメラのレンズに微笑むなんて慣れないことをしたから、最後には頬が痛くなった。疲労は満杯だ。

 でも、振袖姿の私は結構可愛いと思う。

 スマホで撮影してもらった写真をスライドでひとつずつ見ていく。椅子に座っている振袖の私。立ってこちらを見ている振袖の私。硬い表情の私に、少し写真撮影に慣れてきた表情の私。瞬間を連続で写しているから、一瞬の変化がたくさん写っている。

 ──夏弥くんは、どの私を可愛いと思うのだろう?

 一枚ずつ丁寧に見比べて、たくさんの写真の中からお気に入りを選んでいく。でも膨大な数があるから、すぐには絞れない。一時間かけて全部を見ていって、その中から十枚まで絞ってみる。でも、決め手に欠けるから最後の一枚が選べない。

 だからもう一度最初に立ち戻って、どれがいいのかを考えてみる。

 ──私が望むのは、夏弥くんが可愛いと思ってくれる写真。

 その視点で全部の写真を見直してみる。

 どの写真も振袖姿の私。構図もバリエーションは少ない。立っているか、座っているかだ。でもどれも少しずつ違う。表情の柔らかさ、撮られる緊張感、一瞬の瞬き。その中で一番可愛くて、夏弥くんがときめいてくれるものを選びたい。

 ──私のことを求めてやまない素敵な写真。それはどれだろう?

 一所懸命頑張って、なんとか二枚を選んだ。一枚は椅子に座っているもの。もう一枚は立っているもの。どちらも表情がほころんでいて、全体の雰囲気がまとまっている。突拍子もないものではないし、大きな気づきがあるわけでもない。でも、可愛い写真だと思う。

 写真をSNSで送って、返信を待つ。

 夏弥くんは社会人だ。時間帯によっては仕事が忙しくて私に構っていられない。返信がすぐ来なくても、それでがっかりなんかしちゃいけない。

 ──でも今日は振袖姿の写真だから。

 私が未成年から成人に変わった写真。成人したのだから、大人の行為だって問題なくできる。どんなことだってできるんだって、夏弥くんに伝えたい。

 きっと返信は夜になるんだろうな、と諦めていたら、スマホがプルプルと震えた。急いで確認すると、夏弥くんからメッセージが届いていた。まさかこんなに早く返信があるとは思わなくて、心が弾む。

『凄く可愛いね。成人、おめでとう』

 凄く可愛い、と言ってもらえてニヤけてしまう。けれどそれ以上に、私の成人を祝ってくれたことがとても嬉しい。

 大人になったのだと、理解してくれている。

 急いで返信を打つ。けれど打ち終わる前に夏弥くんから追加のメッセージが届いた。

『今度の祝日、デートしよう。成人のお祝いをしたい』

 ──やった! デートだ!

 私は文字を打つのをやめてスタンプを送る。ありがとうと文字が書かれた、可愛らしい猫のスタンプだ。

『それじゃ、また後で連絡する』

 わかった! と返信を打ってスマホを置いた。きっと仕事が終わってから連絡をくれるに違いない。楽しみが増えたことが嬉しくて、私はしばらくベッドの上でニヤけた。



 夏弥くんとの出会いは大学の食堂だった。私は実家から大学に通っていたから食堂を使うことはあまりなくて、夏弥くんの存在を知ったのは一学期も半ば過ぎた頃だった。

 友達に誘われて初めて行った食堂は閑散としていた。お昼時間には少し早すぎて、でも朝食を抜いていた私と友達は昼まで待てない感じだった。

 とにかく小腹に何か入れたい。そう思って訪れた食堂で、夏弥くんを見つけた。

 夏弥くんは食堂で一人、コーヒーを飲みながら読書をしていた。今かけているものと同じ眼鏡をかけて、学術書みたいな本を広げていた。食堂に差し込む太陽の光が夏弥くんの横顔に当たっていて、なんだか不思議と美しく見えたのをよく覚えている。

 その姿に一目惚れしてしまった。

 友達がどの席で食べようかと相談してきたので、私は迷わず夏弥くんの隣を選んだ。

 周りの空いている席ではなく、夏弥くんの隣。

 私の行動に友達は唖然としたけれど、気にしてなどいられなかった。

 何か、私の直感が働いたのだ。

 ──この人の隣にいたい。

 いきなり見知らぬ女が隣に座って食事を始めたので、夏弥くんはとても驚いた表情をした。それでも私は怖気付くことなく座って食事をし、夏弥くんの横顔を合間に何度も盗み見た。

 そこからの私はスパイだった。毎日のように食堂に行き、夏弥くんの存在を探した。いなかったらその日は諦めて、いたら隣の席に座る。さすがに手ぶらで座るのは怪しまれるかと思ったので、売店でジュースを一本買って飲んだりした。

 食堂で出会う夏弥くんはいつも読書をしていた。けれど読んでいる本はいつも同じではない。ある日は分厚い参考書みたいなものを読んでいるし、ある日は薄っぺらい英語の本を読んでいた。ある日は堅苦しそうな新書を読んでいたし、ある日は普通の小説を読んでいた。

 その集中力は凄くて、私が座っても気づかない時が時々あった。それでも私は構わなかった。夏弥くんの隣に座れる。それが、すごく幸せに思えたから。

 夏弥くんの隣の席に座る、という怪しい行為を続けて二学期になった。その頃には夏弥くんの名前を知っていたし、彼が大学四年生だということも把握していた。けれどそれだけで、進展はない。話しかける勇気がどうしても持てなかったのだ。

 どうしたら夏弥くんともっとお近づきになれるのだろう? このままでは仲良くなる前に夏弥くんが大学を卒業してしまう。そうなったら私の片思いはおしまいだ。

 そんな焦りが胸の中を渦巻き始めた頃になってようやく進展した。夏弥くんが私に声をかけてくれたのだ。

「ねえ、どうしていつも俺の隣に座るの?」

 夏弥くんの声を初めて聞いた瞬間だった。

 その声は難しい書物を読んでいる人とは思えないような優しい声だった。そして私を嫌悪するような言い方ではなく、単純に興味があって尋ねている、といった言い方。それがとても嬉しかった。

 夏弥くんの声を聞いて、ますます彼のことが好きになった。

「その、仲良くなりたいです」

 変な人と思われないことを祈りつつ、私は誠心誠意、答えた。初めて片思いしている人と話せる緊張で頬がぽっと熱くなるのがわかった。耳まで赤いんじゃないかと思った。こんなのまるで小学生だな、と自分で呆れたけれど、それ以上に胸の高鳴りが大きかった。

 好きな人を目の前にして、こんなにも体が反応してしまう。そんなことは人生で初めてだった。

 夏弥くんは私の回答に少しだけ不思議な表情をしたけれど、その後、優しく微笑んでくれた。

 そうして私たちは互いに自己紹介をして、お付き合いをしてみよう、ということになった。



 お付き合いを初めて二年以上経つ。その間に夏弥くんとはたくさん話したし、あちこちに出かけた。どんな幼少時代を過ごしたのか、どんなことに興味関心があるのか、好きなことは何なのか、どこに行ってみたいのか、行った先で何をしたいのか。いろいろなことをたくさん話した。

 一緒の時間をたくさん過ごして、二人でいるのがとても幸せなひと時に変わっていった。一目惚れをしたあの日から一所懸命、仲良くなりたい一心で隣の席に座り続けた。その努力をして本当に良かったと思う。

 付き合って知った夏弥くんの魅力は数えきれないほどある。

 夏弥くんはとても親切で優しい。いつも私のことを大事にしてくれる。きっと私が三つも年下だからだと思う。私を抱きしめる時はいつも優しさに溢れていたし、初キスをするのは付き合って一年経ってからだった。

 私は夏弥くんにとても大切にされている。

 凄く嬉しかった。始まりは私の片思いだったから、夏弥くんから大事にされるたびに、夏弥くんも私のことを好きになってくれたんだなって思えた。

 でも、だからこそ一線を超えたいと思っている。

 好き同士ならするのは当たり前だと友達は言っていた。

「やっぱり体で触れ合うのは全然違うよ。ね、そう思うでしょ?」

 そんな風に同意を求められても、私は戸惑うことしかできなかった。だってキスはしてくれるけれど、それ以上は了解が出なかったから。

「まだ未成年だから、これ以上はダメだよ」

 そんな風に言われてやんわりと拒絶された。拒絶されるたびに、もしかして夏弥くんは私の体に魅力を感じていないのではないか、と不安になった。

 ──でもそれももうおしまい。だって私は成人式を迎え、大人になったのだから!

 そう思って、デートの前日夜はムダ毛処理を徹底的にした。もしもの時のために化粧品をカバンに忍ばせもした。もしかしたら夜には帰れないかもしれないと思い、変えの下着まで準備した。

 だからデートに持って行くカバンが妙なサイズになってしまった。これじゃデートではなくてお泊まりだ。けれどこれも大事な時を迎えるためには仕方のないこと。私は少しカバンを邪魔くさく思いながら、待ち合わせの場所へと向かった。

 待ち合わせの場所に行くと、夏弥くんは読書をしながら私を待っていてくれた。その姿を見て私は自然と頬がゆるむ。

「夏弥くん、お待たせ!」

 声をかけると、夏弥くんが私を見て目元をほころばせてくれた。それが嬉しくてそっと腕を触る。

「それじゃ、行こうか」

 夏弥くんが文庫本を畳んでカバンにしまった。今日はこれからどこに行くとか予定を特に決めていない。だから時間に追われて移動する必要はなかった。

「二人っきりでお話がしたいな」

 歩き出そうとする夏弥くんの袖を引っ張ってそう言った。私のお願いに夏弥くんは少しだけ首を傾げたけれど、優しく頷いてくれた。



 夏弥くんは私のお願いを聞いてくれた。聞いてくれたけど、望んでいた形ではなかった。

 移動した先は公園。周囲をぐるりと木々が囲んでいて、真ん中には小さな噴水のオブジェがある公園だ。そこそこ広い公園で、遠くでは子供たちがボールを投げ合って遊んでいた。

 夏弥くんが公園のベンチに座った時、私は嬉しく思ったけれど、同時に悔しくもあった。二人っきりでお話がしたい私の希望を叶えてはくれたけれど、私の本当の欲求には応えてくれる気配がまるでない。

「座らないの?」

 ずっと立ったままでいる私に夏弥くんが声をかけた。私は自分の気持ちをどのように伝えたらいいのかわからなくて、少し混乱していたのだ。

 ──今日こそは夏弥くんと一緒になりたい。みんなが経験していることを、私も経験してみたい。だってそれはすっごく素敵で、すっごく愛を感じることなのでしょう? 私は夏弥くんからの愛を全身で感じたい!

 でも、それをそのまま口にしていいのかどうか、迷う。この子変態だなって思われたくないし、そんなこと考えているの? って呆れられたくもない。

 でも私は夏弥くんとの関係を一歩進めたいのだ。いつまでも清純なお付き合いをしたくはない。

「夏弥くん。その、私、成人したんだ」

 勇気を出して言ってみる。私の言葉に夏弥くんはびっくりしたみたい。何度か瞼をぱちぱちさせて、首を傾げる。

「そうだね」

「その、成人したから、もう大人なんだよ」

「え? うん。そうだね」

 ますます不思議そうな表情をする夏弥くんに、私はもどかしくなってしまう。

 どう言ったら私の本音が伝わるのだろう?

 必死に考えるけれど、良いアイデアは浮かばない。素直に全部言ってしまおうかと頭を悩ませる。けれど、それははしたないことなんだってわかっている。口にしたことで夏弥くんが私に幻滅してしまうのは嫌だ。

「夏弥くん……その、私……キスしたいの」

 精一杯考えて口にした言葉はそれだった。それならまだ可愛いと思ってもらえる発言だと思ったし、大勢の人が利用する公園ですることじゃないと理解してくれると考えたから。

 キスをするために、本当に二人きりになれる場所に連れて行ってくれるかもしれない。

 夏弥くんは私の発言を聞いてものすごく驚いた顔をした。そしてまじまじと私の顔を観察する。その視線が恥ずかしくて、私は自然と頬が熱くなってしまった。

「キス、したいのか」

「う、うん。したいです」

「………………キスだけ?」

 夏弥くんの問いに、私は目を閉じた。閉じたまま、小さく首を横に振る。

 ────私の気持ち、気づいてくれる?

「そっか。うん。……もう、大人だもんな」

 夏弥くんはそう呟いたかと思うと、私の手をそっと握って公園を出た。



 ラブホテルがある場所なんて、これっぽっちも知らなかった。ああいうのは郊外にあるのだとばかり思っていたけれど、意外と町中に存在していた。

 夏弥くんが私の手を引いて連れて行ったラブホテルは商店街の裏にあった。古い建物が多い場所なので、もしかしたらラブホテルが建った後に商店街が造られたのかもしれない。

 ラブホテルの外見は、少しド派手なライトが取り付けられていること以外、いたって普通のビルだった。夏弥くんが連れて行ってくれなければ一生気づかなかったと思う。

 建物の中は想像以上に明るかった。入って少し行った先に部屋を写した写真がたくさん飾られていて、夏弥くんはそれを見て少しだけ考える。

「どれがいい?」

 質問されたけれど、私には部屋を選ぶ余裕なんてなかった。これから行われるビックイベントで心臓がバクバクしていて、部屋の良し悪しがまるでわからなかったのだから。

 夏弥くんは私が困っているのを見て、代わりに選んでくれた。

 部屋を選んで一緒にエレベーターに乗る。どこかで誰かと出会うんじゃないかと怯えたけれど、そんなことなく部屋へとたどり着く。そのことに心底ホッとした。

 部屋は、全体的にピンク色だった。やっぱりそういうことをする部屋はピンク色なのだな、と感心してしまう。

「お風呂、一緒に入る?」

 夏弥くんが私を抱き寄せて耳元でそんなことを言う。普段なら絶対にしない大胆な行動。それが恥ずかしくて、たまらない。

「お、お風呂! えっと、最初に入るのが普通?」

「人によるんじゃないかな」

 夏弥くんが私の頬にキスをする。それも初めての経験で、頭から何か大事なものが抜け出すんじゃないかってくらい、舞い上がってしまう。

「な、夏弥くんは………………どうしたいの?」

 正解がわからない。こういった時は何をするのが正しいのだろう? まずは軽くキスをする? それとも先にお風呂に入る? その前にトイレに行っておいた方がいいのかな? 初めてのことばかりで迷ってしまう。

 夏弥くんが私の両頬を両手で包んでキスをする。いつもの優しいキスではなくて、ゆっくりと味わうようなキス。何度も唇を動かして形を確かめ合う。

 それだけでも昇天しそうになる。けど、それで終わらなかった。

 夏弥くんの舌が、ゆっくりと私の口に入る。そんなことは初めてだったし、そういうことが行われるなんて知らなかったから少しだけパニックになる。

「…………嫌?」

 夏弥くんが私から離れて視線を合わせる。いつものように優しい顔つきだ。けれど、ほんの少しだけ、男性の本能みたいなものを感じた。

「嫌じゃない……ちょっと、びっくりしただけ」

 私は夏弥くんに釘付けだ。少しだって目を逸らせられない。

 ──────思いっきり、愛されたい。

 私の言葉に夏弥くんは頷いて、優しく抱きしめてくれた。

「可愛い」

 その言葉に、緊張していた心がほぐれていく。

 温かくて、力強い。優しくて、たくましい。ここから先のことは未知数で、ちょっと怖いけれど、でも夏弥くんとなら大丈夫。

 私が安心したのを確認してから、夏弥くんはゆっくりと私の服を脱がせ始めた。上着、シャツ、スカート、靴下。私を脱がしながら、少しずつ夏弥くんも脱いでいく。脱がしてもらいながら、私は夢のことを思い出した。

 ──自分で脱ぐよりも夏弥くんに脱がしてもらった方が、ずっと幸せ。

 大人になったのだと言って一人で振袖を脱いだ、夢の中の私。それを見て冷静だった、夢の中の夏弥くん。現実感のない夢だったけれど、こうして現実と比較できたのだから、なかなか良い夢だったのかもしれない。

 あらかた服を脱ぎ終わって、二人とも下着だけになった。夏弥くんの男性部分が熱を帯びていることは、見るだけでわかった。そのことに恥ずかしさを感じたけれど、でも、興味を抑えきれない。

 ふわふわのベッドに横になって抱きしめられる。股の辺りが熱い。舌を感じるキスをして、夏弥くんが私の胸を下着の上から触った。

「愛してるよ」

 その言葉に私は頷いて、あとは流れのままにすべて任せた。



 全部が終わった後は予想以上にぐったりとした。初めては痛い人もいるし、そうでもない人もいるとは聞いていたけれど、私は痛い人だった。入る手前で苦労したし、入ったら入ったでいっぱいいっぱいになってしまった。だから夏弥くんに何度も苦しそうな表情をさせてしまい、申し訳なく思う。

 でも長い間入れていたら、それが気持ち良くなった。滑らかに動くようになったら本当に心地よくて、自分でも聞いたことのない声を必死に上げた。頭が痺れて、どこかに飛んでいってしまうような気がした。飛んでいってしまうのは嫌だったから、必死にしがみついた。

 初めは苦しそうな夏弥くんだったけれど、途中からはずっと幸せそうな吐息を漏らしていることに気づいた。私で気持ち良くなってくれたのだと思うと、本当に嬉しい。

 二回ほどしてぐったりと寝そべっていると、夏弥くんが優しく布団をかけてくれた。

「あとでお風呂、一緒に入る?」

 夏弥くんが私を抱きしめて頭を撫でながら質問する。その安心感が気持ちよくて、私は夏弥くんの胸に顔を埋めた。

「うん。一緒に入ってみたい」

 私の回答に夏弥くんは小さく笑った。そして、可愛い、と呟いてくれる。

 夏弥くんに頭を撫でられながら、私はお風呂に入る前に幸せな眠りについた。

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