ジャルパの魔法
兎にも角にも出発してしまおう、と兄貴に促されるまま箱に乗り込んだ俺達は、エドガーのじいちゃんに見送られ、リンデンベルガーのお屋敷を目指して空へ。
ジャルパの離陸は見事なもので、浮き上がりこそ僅かな傾きを感じたものの、その後はぐらつく事もなく地面に対して平行を保っている。正に神業。
ロルフさんは高所恐怖症だそうなので、出来るだけ外が見えないようにと、客車に籠もっている。飛行中に出入り口代わりである柵の近くを陣取るのも何なので、俺達は客車の近くの床に座り込んでいるが……簡易的なものでも椅子を用意した方が良かったんじゃないかしら。ご令嬢を地べたに座らせるって。
本人はオフェーリアさんに「ピクニックみたいね!」なんて言ってはしゃいでいたけれど。ロルフさんのように客車に座ってた方が良いのでは。
「そんなに時間は掛からねぇし、客車に居ても構わねーぞ?」
何もそんな所に座らんでも、と流石の兄貴も心配そうだ。しかし、そんな俺達の心配を裏切ってくれるのが、ファウスティナ嬢という人物である。
「あら。そんなに掛からないのであれば尚更ですわ。折角の風景ですもの、こちらで空の旅を楽しませて下さい。スノウにとっても、良い経験になりますし。」
確かに、ファウスティナ嬢の腕に抱かれたスノウは初めての空に、目を輝かせながら見入っている。時折その小さな翼がパタパタと動くのは、自分も一緒に飛んでいるつもりだったりするのだろうか。可愛い。
そんな可愛い姿を見せられたら、ここでいくらでも見ていて良いよ!ってなるよねぇ。
「それに、お二人には教えて頂きたい事もありますし!」
なるほど、本題はそちらね。そりゃそうか。兄貴ってば昨日から情報を出し渋りすぎだし。何か裏があっての事と言われても兄貴の事だから驚きはしないけれど、今回は絶対に『黙っていた方が面白いから』のパターンだと思う。
お願いだから、ファウスティナ嬢達に悪印象を植え付けるのだけはやめてほしい。俺の大好きな兄貴なんだから、諸手を挙げて自らの評価を落としに掛からないでほしい。
既に兄貴の言動が、散々彼女らをドン引かせた後な気もしなくはないが。ロルフさんを筆頭に、女性二人も兄貴に好意的に接してくれているから、俺としては現状維持希望ですー。
「あぁ。ジャルパの事か?」
「はい…昨晩と大きさが異なる事と、ヴラディスラフ様の『影』から出てきたように見えた事。詳しくお教え頂いても?」
「そうだな。あんたはこれからラヴと生活するんだし、知っておいてもらった方が良い。」
あれっ、巻き込まれた?俺はてっきり、ジャルパの事
兄貴とパチリと視線が合って、俺の考えを読まれたのか、その表情は苦笑気味だ。いや俺だって、いつかは話さなきゃなんだろうな、くらいは思ってたよ。うん。ちゃんと説明が出来るのかどうかは別として。
「……ラヴも『おさらい』しとくか?」
「……オネガイシマス。」
俺が説明に自信がない事まで気付かれたわよ。ファウスティナ嬢達に聞こえないよう、耳打ちで確認してくれる優しさ付き。兄貴、有能すぎない?
「んじゃまずは、大前提である竜の『身体』についてだな。」
「身体、ですか。」
「そう。竜の身体は高純度、且つ高密度なマナの集合体…所謂エーテル体ってやつだって事は知ってるか?」
兄貴に問われ、ファウスティナ嬢とオフェーリアさんはふるふると首を横に振る。客車の中から「聞いたことはあります…」と、ロルフさんの声が返ってきて笑う。ちゃんと話を聞いてくれてるんですね。
「パートナーを失った竜の中に、自分の身体をマナに還すやつがいるってのは?」
「あ、それなら……確か、わたくしの高祖父の竜も該当してたかと。」
よく知ってるなぁ、ファウスティナ嬢。高祖父って自分の『じいちゃんのじいちゃん』でしょ?自分の家の事だろうと、俺は流石にそこまでは知らないわ……
「そんなに珍しい事でもないし、大昔からの事だから自然と受け入れられてるのが実状ってとこかね。んじゃ、そこから一歩踏み込んでもらって、だ。マナを『還す』ってのは、エーテル体だからこそ出来る事だと思わないか?」
「!確かに……」
何で今まで不思議に思わなかったのかと、ファウスティナ嬢達は目から鱗状態。学院では竜の扱いに関する『生態』を教えるだけで、成り立ちは教えてくれないものね。
世間で『常識』として浸透しきっているものに意識を向けるのは、『祝福』を受けた当人達ですらなかなか難しい事を、俺達ゼレノイ家の人間は実感として知っている。『祝福』が身近でなかった彼女達が知らなくても、当然だろうとすら思う。
「とまぁ、言い方は悪いがそんな高純度のマナの塊であるが故に、竜達は魔法を使えるって言っても良いな。マナを『還す』ってのも、言ってしまえば一種の魔法な訳だし。いくら上質なオドを持って生まれようと魔法が使えない辺り、人間が持ち得るマナなんて結局はその程度って事だ。」
「べ、勉強になります…!」
まったくよね。ファウスティナ嬢の言葉に、心の中で賛同する。
俺は既に知っている事ではあるけれど、兄貴のように言語化して、更に人に説明出来るかと言われるととても怪しい。『おさらい』してもらって良かった。今後に活かせるかは訊かないで頂きたい。
ただ、このまま黙っていては俺があまりにも役立たずで可哀想なので、補足くらいは喜んで引き受けよう。スノウの成長を一緒に見守ってあげられるのは俺なんだし、俺も知識はちゃんとあるから安心してね、ってアピールはしておかねば…!
「因みに、寿命を迎えた竜も、最期にはマナを還す事に変わりはないのよ。竜の老いとは、精神の老いで…そうだなぁ、魔法を使い続ける事に疲れちゃって、なかなか使えなくなっていくようなものかしら。老いてエーテルの身体を維持出来なくなったその時に、竜は寿命を迎える事になる。自らのエーテル体を維持する事と、それらをマナに還す事は、竜達が
特に、自らのエーテル体を維持するというのは、常時魔法を発動しているという事で、俺達人間が呼吸している事と何ら変わりはない。それならば、と俺が『本能』と称した事に、兄貴は満足そうにうんと頷いた。
「その無意識下で働く本能を敢えて意識して、最高位の魔法に昇華させたのが、ジャルパが俺の影に
「仕組みとしては、エーテル体の分解、パートナーの影への融合、融解、そしてエーテル体への結合、だね。原理は、流石に俺達には分からないけど。」
「寧ろそこまで説明されなくて良かったです……」
眉間を軽く揉みほぐしながら、ファウスティナ嬢は「高次元すぎて処理能力が……」とぼやいている。
分かる。分かるよ、その気持ち。俺も初めて兄貴から解説を受けた時に、これ以上は無理!ってなったもん。知恵熱出したし。
「ジャルパの大きさが昨晩と異なるのも、同じ魔法なんですか?結合するマナの量で大きさが変わるとか……」
……うん。この情報だけでほぼ正解が出ちゃってるね。ファウスティナ嬢、凄い。
「んー…88点?」
点数付けるの!?しかも数字が妙に生々しい!
客車の中からぼそりと、「そこは90点でも良い気が…」なんて言うロルフさんの突っ込みが聞こえてくる。そうよね、中途半端よね───って、そうじゃなくて。
「考え方は合ってるが、それだけだとジャルパは際限ない巨大竜になっちまうからな。」
「それもそうですわね…わたくしとした事が初歩的なミスを……」
初歩的…ではないと思うけれど?え、初歩的って何だっけ?いや、そもそもいつからテストになってんの?
まだ解説が必要だから減点だ!なんて、兄貴は楽しそうだし、ファウスティナ嬢は何故か少し悔しそうだし。意外と負けず嫌いなのかしら……それともノリが良い?
……後者かしらね。兄貴の『解説』とやらを、わくわくしながら待ちわびる姿を見ると。ほんと、色んな意味で予想を裏切ってくれるから見ていて飽きないなぁ。
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