第140話 後日談1

劣等人の魔剣使い 小説4巻

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 リリィが魔術を放った後、アミィはエステルの中で消滅した。それで、此度の騒動は終了した。


 だが、それで何もかもが解決したわけではない。アミィがフィンリスに残した傷跡は深かった。街の一区画が半壊し、多くの人が住まいを失った。


 透も、その一人だ。現在は商業区にある宿――フィンリスに来た当初、寝泊まりしていた場所だ――に宿泊している。


 再び災禍が襲ったというのに、フィンリスに住まう人々は明るかった。歌を歌いながら瓦礫を除去し、基礎を打ち、建物を建てていく。ここの住民は、辛いときこそ、明るく振る舞うのだ。


 エステルは無事に意識を取り戻した。リリィが開発したアミィ討伐に特化した魔術のおかげだ。それともう一人――。


「トール様!」

「うげっ」


〈異空庫〉に瓦礫を放り込んでいた透は、ぎくりと肩を震わせた。

 エステルが目を覚ました後、アミィに乗っ取られていたルカが目を覚ました。彼女は体が乗っ取られている間も意識はあったようで、しばらく罪の意識に体を震わせていた。


 その後、何故か透はルカに懐かれた。


「トール様。先日はわたくしの中に住まう悪魔と戦って、ありがとうございました」

「あ、はい……」


「六柱もの神々を体に宿しながら戦う姿から、わたくし、強い正義を感じましたの! まるでフォルセルス様が降臨したかのような勇ましい姿でしたわ!」

「は、はあ……」

「特にわたくしの胸を貫いたあの一撃…………(ポッ」

「――ッ!?」


 朱に染まる頬に手を添えたルカを見て、透の背筋に悪寒が走る。すぐさま瓦礫を放り投げ、透は全力で逃げ出した。


「ああ、もうトール様。逃げないでくださいまし♡」

「ひぃぃ!」


 逃げ出した透の後ろを、猛烈なスピードでルカが追ってくる。


 彼女はフォルセルス教の司祭でありながら、冒険者ギルドにも籍を置いている。冒険者ランクはC。〝血濡れ〟の二つ名を頂く一流冒険者だ。


 当然ながら、身体能力はずば抜けている。透もかなりレベルが上がったはずなのだが、ルカをなかなか引き離せない。


 彼女は少し前まで、捕らえられれば即打ち首になるレベルの指名手配犯だった。しかしフィンリスを二度襲ったのは、ルカではなくアミィだと判明。さらに体を乗っ取られる原因となったクエストをルカに直接依頼したのは冒険者ギルドだ。


 罪はアミィが、間接的な責任はギルドにあり、ルカ本人の罪や責任は軽微だった。そのような事情が判明し、さらにフォルセルス教の大司教の声明もあって、彼女は特例で赦免されることとなった。


 その代わり、彼女は現在謹慎中の身だ。冒険者活動および布教活動の一切が禁止されている。しかしあくまでこれは、市民の怒りがルカに向かないようにするための措置である。皆がフィンリス襲撃犯はルカではなかったと認知する頃には、この謹慎は解けるだろう。


 そんなルカから必死に逃げていたその時、透は視界の端で黒々としたオーラをまとう女性を発見した。


「とーるぅ……?」

「――ッ!」


 エステルだ。

 彼女は一度も瞬きをせず、瞳孔が開いた瞳を透に向けていた。

 それを見て、わずかに体が硬直。

 その隙を、ルカに突かれた。


「捕まえましたわ!」

「う……」


 ルカが透の二の腕に腕を絡めた。見た目はとても華奢な腕なのに、万力で挟まれたかのようにびくともしない。


(さすがCランク……)


「トール様。どうして逃げてしまうんですの?」

「いや、それは……」

「うらぎりものぉ……」


 物陰から顔を出しているエステルが涙目だ。ルカとエステルの間に挟まれ、透は背中に嫌な汗が流れ続けるのだった。



 辺りを見回すと、市民も商人も冒険者も、分け隔てなくフィンリスの再建に汗水を流していた。みんな一心不乱に、自分の場所を取り戻そうとしている。


(これなら、自分はいなくてもいいかもしれないな)


「ねえ、エステル。ちょっと行きたいところがあるんだ」

「ん、どこなのだ?」

「北、とか」

「北……首都か?」

「いや、もっと北の方」

「となると、アヌトリア帝国だな」


「他には、東とかも行ってみたいな」

「東……は、たしか日那州国があるな。もしかして、ギルドから依頼を受けたのか?」

「ううん。依頼は受けてないよ。ただ……」


 透は空を見上げた。

 そこに〝彼〟はいない。この世界のどこにもいない。


 ただ空を見上げると、〝彼〟がいるような気がするだけだ。


「いろんな国を見てまわりたいんだ」


 かつて、この世界で生きていた黒髪黒目の少年は、名もなき村以外を知らぬまま死亡した。透はその少年の、体を使わせてもらっている。


 いまこの世界で生きていられるのは、その少年から体を借り受けたおかげだ。だからその恩返しに、透は世界を旅したいと考えた。


 彼の魂はもう、どこにもいないのだろうけど、この体が、彼の代わりに見てくれる。彼が経験できなかったことを、経験してくれる。


(リッドが喜んでくれるかどうかはわからないけど)


 それが透の、この世界で一番やりたいことだった。


「フィンリスを離れても大丈夫なのか? その……また、なにかが襲ってくるとか、ないのか?」

「それは大丈夫みたい」


 エステルの問いに、透はやんわり首を振る。

 戦いが終わった直後、透はネイシスから直接この街の未来について聞いている。


『しばらくここではなにも起こらないから、世界を巡ってきたらどう? 世界を見たいって、〝その子〟も言ってたしね』


 運命神がわざわざフィンリスの安全を保証したのだ。しばらくの間は、なにも起こらないとみて間違いない。


 ならば世界を旅するのもいいだろう。

 それが、〝彼〟の望みでもあるならば、なおさらだ。

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