第138話 聖エステル

エステルが乗っ取り条件を満たす様子は、小説2巻にばっちり描かれています。

もちろん漫画版にもきちんと描かれていますので、気になる方は漫画版をご覧ください!


劣等人の魔剣使い 小説4巻

何卒、ご購入宜しくお願いいたします!



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「んん――ッ? なんなのだこれは!?」


 意識が唐突に暗転した。エステルは驚き声を上げる。だがその声にはモヤがかかっていて、酷くぼやけていた。


「私はトールに頼まれて住民を避難させてたはず……」


 先ほどまでエステルは、腰が抜けて逃げ遅れた住民たちを安全地帯まで運んでいた。

 それが一段落して戦場に近づいた時だった。トールと、元Cランク冒険者のルカが戦う姿を見た。


「そうだ、丁度トールがルカ殿に一撃を加えたところだったのだ!」


 トールがルカの胸に剣を埋め込んだ。その瞬間、エステルの視界が突如暗転した。


「うーん?」


 状況を整理して考えてみたが、何故目の前が真っ暗なのかがさっぱりわからない。

 攻撃を受けた直後に視界が真っ暗になるなら、まだわかる。しかし、そのようなきっかけは皆無だったし、なにより意識があるのもおかしい。


 さっぱりわからず唸っていると、闇の質が変化した。


「む? なんだ、妙に寒気が……」


 エステルは二の腕を擦る。

 突然気温が低下した。それに、どこか湿っぽい。


「嫌な雰囲気なのだ……」


 ネガティブな気が充満していて、心が下に引っ張られる。


『ふむー。あなたはトールさんに劣等感を抱いていますねー』

「だだ、誰なのだ!?」


 突如聞こえた声に、エステルは肩を震わせた。聞き覚えのある声だ。しかしどこで聞いたのか思い出そうとすると、急激に思考がぼやけた。まるで何者かに、『それはどうでも良いことだ』と思考を矯正されているみたいだ。


 エステルは雑念を捨てる。余計なことは考えず、声に耳を傾ける。


『エステルさんはー、ずいぶんと苦労されていたんですねー。一流の冒険者になるために、情報収集は欠かさずー、毎日剣術の訓練も行っていたー。なのに、突然現れたトールという子供に、あっという間に追いつかれ、抜かされたー』

「そう……なのだ……」


 家を飛び出してから二年間。エステルなりに、努力を重ねていた。

 一流の冒険者になるために、毎日稽古は欠かさなかった。新人の中なら誰にも負けないという自負があった。


 それを、あっという間に抜かされた。


『才能がある人って、ずるいですよねー。こちらがどんなに努力していてもー、なんの苦労もせずに、あっという間に抜かしていっちゃうんですからー』

「ああ。トールはずるいのだ……」


『現実は、辛いことばかりですよねー。少しだけ、眠りませんかー? ちょっとだけならー、休んだって誰もエステルさんを責めませんよー』

「…………」


『さあー、まぶたを閉じてー。嫌なことはすべて忘れてしまいましょうー』


 声を聞いているだけで、とても心地が良くなっていく。この声にすべてを委ねて良い気がしてくる。声の言う通りにすればすべてがうまくいく。そう、強く思えてくる。


 心を、闇が支配する。

 何もかもを投げ出したい。

 少しだけ休もう。

 心が声に、すべてを差し出そうとした。

 その時、


「――いや、現実は辛いことばかりではないのだ」


 エステルは毅然と言い放った。


「トールはずるいのだ! 私が努力を重ねてたどり着いた場所に、あっという間にたどりつくなんて、ずるすぎるのだ! でも、私は追い抜かれても、なんとも思わないのだ。

 追い抜かれるのは、私が弱いからじゃない。トールが強いからだ。トールはトールで、私は私だ。私はトールじゃない。トールのようになる必要はないのだ。

 そんなトールのおかげで、私にもCランクにアップするチャンスが与えられたのだ。この年齢で、元はただの商家の娘にしては、上出来すぎるのだ!

 トールは突飛もない行動を起こすし、とんでもない狩りに私を巻き込むのだ。なんでもやりすぎるし、エアルガルドの常識が通じない。大体ドラゴンの背中に乗るなど、どうかしてるのだ! トールについていくのは大変なのだ……」


「それなら――」

「でも、トールと一緒にいると楽しいのだ。私とは考え方が違うし、時々トールがわからなくなってしまうこともあるが――」


 同じ者同士が集まったところで、成長も発展もない。全く違った考え方を受け入れるからこそ、人は成長できるものなのだ。


「私は、トールとの違いを知る毎日が楽しいのだ!」


 エステルが言い放つと、ピシッと殻が割れるような音が響いた。


『馬鹿な……。《精神掌握(マインドコントロール)》が破られた!? トールもエステルも、揃いも揃って化け物か』

「――ところで、お前は誰なのだ?」


 やはり、どこか聞き覚えのある声だ。エステルは腕を組み考える。

 先程は思考がぼやけてしまったが、今ならはっきりと思い出せた。


「もしかして、ルカ殿か? でも、どうしてルカ殿の声が聞こえるのだ?」




 エステルに言い当てられて、アミィはわずかに言いよどんだ。自身が他人に乗り移った時、ほぼ百パーセント無条件に魂を掌握出来る。だが、エステルには通用しなかった。


 初めての状況に、アミィは戸惑っていた。


『……私はー、他人の体に入り込めるんですよー。いわば、魂のようなものですねー』

「んん? どうして私に乗り移ったのだ?」


『他人の体に入るにはー、いくつか条件があるんですー。その条件に適合して、かつ戦えそうな個体が、あの場ではあなただけでしたー。本当ならアロンに乗り移りたかったんですけどねー』


 ギルドマスターの職についてから久しいが、アロンは腐ってもAランクの冒険者だ。乗っ取れれば、次こそはトールを叩き潰せるかもしれない。

 しかしアロンはガードが固く、条件をクリア出来なかった。


 アミィが体を乗っ取るための条件は三つ。

 一つ目は、相手から自発的に名前を名乗らせること。

 二つ目は、素肌の一部に三秒以上触れること。

 三つ目は、前二つの条件を満たした者の前で、今操っている肉体を捨てることだ。


 それらの条件を満たした人物は、あの場に数名存在していた。だがそのほとんどが、戦えない体だった。乗っ取ったところですぐに潰されるのがオチだ。


 条件を満たした中で最も良い肉体を持っていたのはトールだ。しかし彼の中には神が六柱もいる。体に入ったところで魂ごと握りつぶされる未来が目に見える。


 次点が、エステルだった。


 アミィはルカの体を捨て、魂の大部分を失いながらも、なんとかエステルの体へと乗り移ったのだった。

 彼女は現在Dランクの冒険者だ。Cランクだったルカと比べると格が落ちるが、他に手段はなかった。


 しかし乗り移るところまではよかったのだが、まさか魂の掌握に手こずるとは思わなかった。このままでは体を思うように動かせない。トールやアロン、グラーフたちの攻撃が避けられない。


 ――死。


 それを意識し、アミィは震えた。


(仕方ない!)


 アミィはその手で、エステルの魂を鷲掴みにした。

 エステルが邪魔をするなら、その魂を砕けばいい。魂を砕くとエステルは死ぬため、容易く体を乗っ取れる。


 反面、肉体が溶け落ちてしまう。いつだかのフィリップのように。


 しかしいまは緊急時だ。自らが消えてしまうよりも、アミィは僅かな可能性に懸けた。

 アミィは魂を握る手に力を込めた。


 次の瞬間だった。


『なんですか、これは……ッ!?』


 真っ暗だった精神世界に、白く強い光が満ち溢れた。

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