第127話 不発

劣等人の魔剣使い 小説4巻

12月上旬発売予定

何卒、宜しくお願いいたします!




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 ルカが柄に手をかけると同時に、アロンが剣を振り下ろした。


 ――イィィィン!!


 あたりに澄んだ音が響き渡った。

 アロンの攻撃は、間に合わなかった。

 ルカの手には、先程倒した悪魔の宝具が握られている。攻撃が受けられるなり、アロンは素早く距離をとった。


 打ち合わなかった彼の行動は非常に正しい。細剣が能力不明の宝具である以上、近接し続けるのは危険である。


 バックステップで近づいてきたアロンが言う。


「……参りました。まさかルカが悪魔を横取りして宝具を手に入れるなど、想像もしていませんでした」

「たぶん、これが彼女の狙い」

「くっ……。ルカ、今投降するなら悪いようにはしない」

「そうだルカ。正義神の使いなら、投降すべきだ!」


 アロンとグラーフが、ルカの説得を試みる。

 しかし説得される本人はどこ吹く風。宝具の細剣を振って、使い勝手を確かめている。


「聞いているのかルカ!」

「あーもう、ルカルカうるさいですねー。わたしの名前はルカじゃなくて――」


 その女の名前を聞いた時、


「アミィですよー」


 リリィの感情(たが)が、弾けた。


 ――ドッ!!


 体中から魔力が迸る。


 先程まで魔力欠乏にかかっていたというのに、いま、リリィは全身から魔力を放出していた。


 どこかで見たことのある笑い方だと思っていた。

 どこかで聞いたことのある話し方だと思っていた。

 その疑問が、やっと溶けた。


 彼女の名はアミィ。

 リリィの大切な仲間たちを虐殺した、悪魔のような魂だ。


「急にどうしちゃったんですかー、そんなに魔力を放出してー。あれれー? 瞳の色も変わっちゃってますねー。やーだー、怖いですねー」

「黙れ」


 ――《沈黙(サイレンス)》。


 眼球に集ったマナが魔術に変換。

 即座にアミィを魔術が襲う。


【|即式の魔眼(アダマス)】――詠唱時間をゼロまで圧縮し、魔術を即時発動する魔眼だ。


 元来、エルフなら誰しも使えたそれは、神代戦争以降、長い年月を経ることで徐々に発現する者がいなくなっていった。現代ではほとんど使える者がいない。非常に珍しい魔眼だ。


 それをこのタイミングで発現した。世界に二人目となる魔眼の入手だったが、喜ぶ余裕はこれっぽっちもなかった。

 リリィが一つ睨んだだけで、中級魔術沈黙(サイレンス)が発動した。しかし、アミィの前で効果が途切れた。かなり強い魔術抵抗力があるようだ。


(むっ……洗礼のせい?)


 アミィの体は、フォルセルス神に洗礼されたルカのものだ。聖職者は、神の加護をより強く受けている。そのため、能力低下系魔術(デバフ)にかかりにくいのだ。


 リリィは、ともすれば暴れだしそうになる怒気を抑え込み、尋ねる。


「覚えてる? 百年前、レアティスの山で、二人の冒険者を殺したこと」

「さてー? わたしは一週間前に食べたものもー、覚えてませんからねー」

「そして仲間の神官を乗っ取った」

「仲間の神官? ああー、そういえばいましたねー。思い出しましたー」


 リリィとアミィが話している横で、ちらり、アロンがグラーフに目配せをした。この隙に攻撃をすべきだ、と言っているのだ。しかしグラーフが小さく首を振った。


 一見すると無防備に見えるが、攻撃を仕掛ければすぐに対応されるだろう。これはアロンたちを誘い込もうとしている罠だ。


「たしかー、ミナさんでしたっけー? Bランクの冒険者というから、どれほど強い体なのかと期待していたのですがー、とんだ駄目性能でしたよー。もしかしてー、ランク詐欺してました? 今の体の方が、よっぽど良いくらいですよー」

「く……っ」

「あまりに使えないのでー、すぐに別の体に乗りうつって捨てちゃいましたー」

「どこに、捨てた?」


「さあ? バラバラにして捨てましたからー、野犬の餌にでもなったかもしれませんねー」

「――ッ!!」


 体を乗っ取ったばかりか、その体をバラバラにするとは……。

 今まで抑え込んできた怒気が暴発。リリィの体中が熱くなる。


「……死ね」


 リリィは魔眼を発動。

 無拍子で《ホーリーレイ》を放つ。


 すべてを貫く光の槍がアミィに迫る。

《ホーリーレイ》がその額を貫くかに思われた。


 しかし、


「おっと、危ないところでしたー」


 アミィは僅かな動きで魔術を避けた。

 恐るべき反射神経と身体能力だ。


「いきなりですねー。魔術の殺意高すぎですよー」


 アミィが苦笑を浮かべた。

 その額に、うっすらと一本の赤が浮かんだ。わずかに魔術がかすったのだろう。さすがに完璧には避けられなかったようだ。


(いけるっ!)


 力量は比べるまでもない。

 リリィよりも圧倒的に格下だ。


「この時を、百年待った」


 今日この日、ここで、トゥコ、リィグ、ミナの仇を取る。

 リリィは魔力を開放する。


 魔力の波動がドッと空気を揺らした。それは抵抗力のない人間が受ければ、気絶するほどのマナだった。

 魔力はすでに限界を超えている。だが、リリィは魔力欠乏の苦しみを無視して、無理やり体からマナをひねり出す。それでも足りなければ、リリィは命を削ってマナに変換した。


(トゥコ、リィグ、ミナ……)


 かつて旅した仲間のことは、一日たりとも忘れたことはない。いまでも三人の顔は、はっきりと思い出せる。大切だった三人の仲間の命を奪ったアミィに向けて、リリィは魔力を解き放つ。


「《ホーリーレイ》」


 しかし、


「――えっ?」


 放ったはずの魔術が、発動しなかった。収束したマナが、一斉に拡散し消える。


(なにかを、間違えた?)


 リリィは慌てて、再度魔術を口にする。しかし、それも不発に終わった。


(どうして……)


 リリィは仇の存在も忘れ、呆然とした。


 普段は使えている魔術が、突然使えなくなった。【即式の魔眼】も発動しない。


 リリィは詠唱を間違えたわけではないし、魔力が足りなかったわけでもない。まるで、これまで培った技術を忘れてしまったかのように、魔術の発動方法がわからなくなっていた。

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