第117話 ペルシーモの実は
トールが全身でマナを練り上げる。そのマナの量は、先ほど浄化法術を使ったとは思えぬほどだ。
一体なにをしようというのか?
エステルが首をかしげた時だった。トールがエステルの腰に手を回した。
「えっ、ちょ、トール、一体なにをするのだ!?」
「大丈夫。すぐ終わるから」
いつになく強気なトールに、エステルは顔が熱くなる。鼓動が胸を押し上げ、呼吸が上がる。
すぐそこにある彼の顔を直視出来ない。
「ふにゅ!? ま、待て待てトール! ここには魔物の危険がたくさんで危ないのだ! そもそも私にはまだ心の準備というものが――」
「でも、僕はもう準備が出来てるから」
「そそ、そもそもそういうものは、親の許可をきちんと取ってから――」
「それじゃあ行くね」
「いや、まあ、私としては嬉しいのだが、まさかこんな場所で、トールがこんな風に強気に出るとは思わ――」
トールが強くエステルの腰を抱きかかえた。
次の瞬間。
「――にょわぁぁぁああ!!」
真上に飛んだ。
カタパルトもかくやというほどの速度で、二人はぐんぐん上昇していく。訳がわからない中、エステルはただ悲鳴を上げ続ける。
上昇していた二人は徐々に前方に傾いていく。眼下では、神代から燃え続けているといわれる万年炎の姿が確認出来た。
炎はめらめらと、今もなお激しく燃え続けている。にも拘わらず、真上にいるエステルの体はちっとも熱を感じない。
二人は放物線を描きながら対岸に落下。衝突の直前で、勢いが減衰。二人の足が、静かに地面を踏んだ。
「しし、死ぬかと思ったのだぁぁぁ!!」
「ごめんごめん」
「なんで先に、なにをやるのか教えてくれなかったのだ!?」
「あ、うん、ごめん。忘れてた」
「忘れないでほしいのだぁぁぁ!!」
「痛い痛い!」
エステルが泣きながら、ぽこぽこ透の胸を叩く。
万年炎を抜ける上で、透が考えていた方法は単純だ。
万年炎のくぼみの上を《真空断絶(ブレーク・ホロウ)》で蓋をして、上空の熱気を《暴風(ストーム)》追いやる。その上で、自らを《空気砲(エアバズーカ)》で打ち上げる。
落下時の速度も弱い《空気砲(エアバズーカ)》で徐々に減速。地面に《空気緩衝(エアクッション)》を設置し、無事着地、というわけだ。
「他に方法はなかったのか!?」
「うん、たぶんこれが正解だと思う」
万年炎というくらいなので、多少水をかけたくらいでは消えないだろう。
かといって下手に大量の水をかければ、(燃えているものの正体がわからないため)下手をすれば水蒸気爆発を起こす可能性がある。
鎮火に効果のあるという聖水が大量にあれば別なのだろうが、そんなものは持っていない。
となると、透に残された安全な方法は、飛翔の一手だけだった。
「まったく。無駄にドキドキしてしまったではないか!」
「あれっ、エステルって高いところが苦手だった?」
「そういう意味ではないのだ!」
「うぐっ!」
何故か憤慨したエステルが、透の二の腕に張り手をたたき込んだのだった。
(……解せぬ)
気を取り直し、透たちは先へと進んだ。
すると半刻もせぬうちに、たくさんの実をつけた木を発見した。
「あっ、あれは」
「きっとペルシーモなのだ!」
木にはまるで満開の花のように、たくさんの実がついていた。
実は手のひらサイズの楕円形。青色のものからオレンジ色まである実が生っている。
「初めて見るが、ペルシーモとはずいぶんと美味しそうな実なのだな」
「うん、美味しいよ」
「ぬ? まさかトールはこの実を知っていたのか?」
「知ってるもなにも……」
ペルシーモの実は、どこからどう見ても、柿だった。
とても懐かしい果物との再会に、透の心がじんわりと温かくなる。
エステルですら『初めて見る』と言うならば、エアルガルドにおいてペルシーモ――柿はとても希少な果実なのだろう。
もしかすると透より前にエアルガルドを訪れていた迷い人が、こっそり植えたものなのかもしれない。
柿は寒冷すぎる土地では育たない。
このレアティスの山も、標高が高いため冬になれば雪が積もるほどだ。
しかしことこの場所に限って言えば、近くにある万年炎が常に周辺を暖め続けているため、柿にとって生育しやすい環境だったのだろう。
透は軽く飛び上がり、手近なところにある柿を四つ確保した。
一つをエステルに渡し、もう一つを袖口で拭う。
「頂きます!」
がぶっとかぶりつくと、芳醇な香りと甘みが一瞬にして口の中に広がった。
「甘い!」
「すごい、美味しいのだ!」
この味に、エステルが頬を紅潮させた。どうやら柿は、彼女の心を一瞬にしてわしづかみにしたようだ。
甘い果実を心ゆくまで堪能したあと、透は〈異空庫〉に柿を収納する。
「ペルシーモは一つでも良いんだよね」
「そういえば、個数は言ってなかったな。いくつ持って帰ってもいいのではないか?」
エステルの瞳がらんらんと輝いている。どうやらもっと、ペルシーモを堪能したいらしい。
だが透は必要以上に収穫するつもりはない。
柿の木は大変折れやすい。収穫時にうっかり折ってしまったら目も当てられない。これは地球の誰かが、エアルガルドで生きた証だ。出来ることなら、そっとしておきたい。
「食べたくなったら、また来ればいいよ」
「そう、だな。自由に来られるくらい、強くなるのだ」
「うん」
透たちがきびすを返した、その時だった。
「「――ッ!?」」
ふと上空から、これまで感じたことのないほど強大な力を感じた。
その力は、恐るべき速度でこちらへと迫っている。
「なん、なのだ、これは……」
「……エステル、逃げて!」
「もう、遅いのだ」
それは想像していたよりも、接近が早かった。
強い力が、透たちの真正面に姿を現した。
「ド、ドラゴン……」
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今話に出てくる魔術(ブレーク・ホロウ、ストーム、エアバズーカ、エアクッション)ですが、新しいスクロールを購入したわけではなく、効果を表現した名称です。
透が使っているのはあくまで初級の「エアカッター」です。
(じゃないと『万年炎のくぼみの上を《エアカッター》で蓋をして、上空の熱気を《エアカッター》で追いやる。その上で、自らを《エアカッター》で打ち上げる』って、なにがなんだかわからなくなるので……)
ペルシーモ=柿の英語(カタカナ)読み。
そういえば、ドラゴンの登場はなにげに初めてですね。
さて、どうなることやら……
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