第116話 生き残った仲間を案じる思い
「――ッ!」
エステルに肩を揺さぶられ我に返った。
「うっ……」
「大丈夫かトール!?」
「あ、ありがとうエステル」
現在透は、攻撃した態勢のまま硬直していて、地面には黒い影が倒れている。
もし影が生きていれば、透は反撃されていたかもしれない。それは今も相手に敵意が残っていれば、だが……。
「もう、起き上がる力がないみたいだね」
「これはなんなのだ? 急所を斬られたのに、まだ生命力を感じるのだ」
透はシールダーを頭上から真っ二つにし、アタッカーは首を切断した。にも拘わらず、影は体が分かれることなく、斬ったはずの場所もくっついたままだ。
おまけにエステルの言う通り、生命力も感じる。
影たちはまだ、生きていた。
しかし反撃する気配は感じられない。
(もしかしてこれ、人間なのかな?)
【魔剣】はあらゆるものを切り裂くが、唯一人類だけは切れない仕様だ。
だから透は、影が人類なのかと考えたが、どう観察しても人類には見えない。
「どうも、この人(?)たちは元々冒険者だったみたいだよ」
「あー、たしかに戦闘時の動きは、冒険者っぽかったのだ。となると、これはレイスではないか?」
「レイスって、幽霊の?」
「ああ。冒険者が死亡した時、時々レイスになるのだ」
「そうなんだ」
「死ぬ時に強い念があったとか、周囲のマナが濃いと、レイス化しやすいという噂だ。そうならないように、神官が浄化の儀式をするのだが、さすがにここには神官もおいそれと出張出来ないだろうからな」
レイス化も仕方がない、とエステルが首を振る。
先ほどの戦いで毒気が抜けたのか、あるいは生命力のほとんどを使い果たしたのか、倒れたレイスたちはピクリとも動かない。
彼らがレイスになってしまったのは、この場のマナが濃いせいもあるのだろう。
だが、彼らの感情が流れ込んだ今、どれほど強い念を抱いていたかが理解出来る。
(冒険者……クエスト失敗……ああ、そういうことか)
やっと、情報が一本の線で繋がった。
「浄化って、神官がするものなんだよね?」
「ああそうだな……ん、いや待てトール、早まるな」
「なにが?」
「どうせ、このレイスを浄化しようというのだろう?」
「えっ、なんでわかったの!?」
「一ヶ月ちょっとの付き合いだが、お前の考えていることは大体理解出来ている」
エステルがなにかに怯えるように肩をふるわせた。
「(そうでなければ、生き延びられなかったからな)」
「……う、うん?」
最後に何かぼそぼそつぶやいたが、なにを言っているのかまで聞き取れなかった。
「レイスは神官が浄化するのだが、神官が使う浄化法術はかなりマナを使うのだ。ペルシーモの実を取ってない状態で、マナを大量に使うのは危険なのだ」
説得するエステルだったが、透の瞳に浮かんだ強い光を見て肩を落とした。彼はすでに法術の使用を決意してしまっている。もう何を言っても説得出来ないだろう。
Bランクの魔物が跋扈する山の中で、マナを使い切るなど自殺行為だ。
普通のパーティなら殴ってでも止めるだろう。
しかしエステルは、トールの愚行を止めようとはしない。なぜならば彼はいつだって、エステルの想像を飛び越える活躍をするからだ。
ゴブリンの大群だって、クインロックワームだって、オーガの大群だって。何度も死を覚悟した。けれどエステルは生きている。
おまけにいまや、Cランク冒険者に手が届く場所まで到達している。これもすべて、トールの存在、破天荒な行動があってのものだ。
だからエステルは、彼の選択を尊重する。
いよいよ目の前で、トールが浄化の法術を発動。周りに光の粒が浮かび上がり、少しずつ影を包み込んでいく。
『……あ……が……とう』
「えっ?」
突如耳に、人の声が聞こえた。
それはトールのものでも、ましてや自分のものでもない。
――影だ。
影が初めてしゃべったのだ。
『……世間知らずの…………を、…………頼む』
エステルのいる位置からは、うまく言葉が聞き取れない。だがトールには聞こえたようで、真面目な面持ちで頷いた。
次の瞬間、強い殺意が渦巻いた。エステルたちに対してではない。それはここにはいない、誰かへの怨念だ。
ごくり、とエステルの喉が鳴った。
強い怨嗟に、呼吸が苦しくなる。
『アミィに、気をつけろ』
その忠告を最後に、二つの影が空気に解けて消えた。
影が消えたあとも、エステルは身動きがとれなかった。
それくらい、彼らが遺した負の感情は強かった。しばらくして、エステルは酷い乾きを感じた。〈異空庫〉から水を取り出し、口を湿らせる。
「アミィとは、やはりあの?」
「たぶん、同一人物だと思う」
「そう、か。結局、あの影がなんだったのかまでは聞き出せなかったな」
「たぶん、このクエストに挑戦して無くなった冒険者じゃないかな」
「そういえば、マスターがそのようなことを口にしていたな。となると、百年間もここに残り続けたのか。……いたたまれないな」
「そう、だね」
「……ところで、トールはあの影に何か言われてなかったか?」
「うん。『世間知らずの魔術馬鹿をよろしく頼む』ってさ」
「魔術馬鹿? それは一体――」
「それはそうと、もうすぐペルシーモだね。張り切っていこう!」
トールが拳を振り上げた。一見楽しげに見えるが、その瞳には以前首都で一瞬見せたものと同じ色が浮かんでいる。
激しい怒り。
エステルでさえ怯えるほどの怒気を、彼は空元気で隠しているのだ。
だからといって、それを聞き出せるような雰囲気ではとてもない。エステルは黙ってトールに追従するのだった。
「それでトール。この万年炎はどうやって攻略するつもりなのだ?」
「それはね、こうするんだよ」
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