第88話 銀翼騎士団副団長

 レグルス商会で靴を買った翌日。

 透らは銀翼騎士団の本部へと向かった。


 ぎゅ、ぎゅ、と石畳を掴む靴底のグリップが強い。

 透は新調した靴の感覚を楽しみながら歩く。


 ジャックが持ち出してきた靴は、作り方に問題はあるが、性能は抜群だった。

 足をいたわるように優しく包みながらも、外側からの攻撃を通さない。


 靴全体が安全靴のつま先のように硬いのに、透の動きに合せてしなやかに変形する。


 なかでも靴底のグリップ力は、これまでの靴とは段違いだ。

 急制動時の力のロスが極端に少ないのだ。


 これが金貨1枚。


「良い買い物をしたなあ」


 普通の靴と比べるととんでもない値段だが、戦闘用の靴としてはお値打ち価格だと透は思う。


「そういえば、エステルはお父さんと、もっと話さなくてよかったの? 久しぶりの再開だったんでしょ?」

「たしかに積もった話はあるにはあるが、私は貴族との婚約が嫌で出奔した身だ。あまり父上と共にいれば、父上に迷惑がかかってしまうからな」


「そういうものなんだね」

「そういうものなのだ」


 日本では婚姻は自由だ。

 結婚しようと、離婚しようと、世間様の目を気にする時代ではないし、出世に響くものでもない。


 だからか、透は貴族との婚姻がどれくらい重要なのかが、いまいち実感として湧かなかった。


「私は商家に生まれたが、いまはただのエステルだ」


 宣言するエステルのポニーテールは、いつも以上に元気に揺れていた。



 銀翼騎士団は、王城前に本部を構えていた。

 建物はフィンリス冒険者ギルドの倍はある。


 透らと同じように依頼を受けた冒険者が、既に本部の入り口に列を作っていた。

 相当数の冒険者が集められている。


 国にとって、王位継承順位発表の儀がどれほど大切かが伺える。


 列の一番後ろに並ぶことしばし。

 やっと透らの順番が回ってきた。


「所属ギルドと、お名前をお願いします」

「フィンリスの冒険者ギルドから来た、透とエステルです」

「フィンリス、ですね。……はい、確認いたしました。お二方はあちらの椅子に座って少々お待ちください」


 受付言われ、透らは少し離れた場所にある椅子に座る。


「……あれ、対応が違うね」

「そうだな」


 透とエステルが首を傾げる。


 これまで受付をした冒険者は、すぐに騎士団員一人を伴って本部を出て行った。

 冒険者に付く騎士団員は、受付の横に列を成している。


 てっきり透も、受付を済ませるとその中から一人、透らに付きそうものだと思っていた。


 目の前では、冒険者の登録が順調に進んでいく。

 椅子に座って待っているのは、透たちだけだった。


「お待たせしました。トールさんにエステルさんですね?」

「あっ、はい」

「ああ」


 透たちに声をかけてきたのは、二十代半ばから三十代ほどの、男性騎士だった。


 騎士は銀翼騎士団の紋章が描かれたハーフプレートを身に纏っている。

 腰には飾りではない、よく使い込まれた長剣が下げられている。


 銀翼騎士団ということもあってか、全体的に銀色が多い。

 銀に統一された装備の中で唯一、左手に付けられた赤黒い小盾だけが異質だった。


(この人、かなり強いな)


 彼の佇まいから、透はそう感じた。

 突然透が斬り掛かっても、防いでしまえそうな程に隙がない。


「オレは銀翼騎士団副団長のテミスです。今日から王位継承順位発表の儀が終わるまでご一緒いたしますので、宜しくお願いします」

「どうもご丁寧に。Dランク冒険者の透です。宜しくお願いします」

「同じく、エステルだ。宜しく頼む」


 挨拶を終えると、テミスの先導で透らは銀翼騎士団本部を出た。

 テミスは物腰が柔らかく、人当たりの良い雰囲気を持っている。


「では、歩きながら警邏任務についてお話いたします。今回の任務は、至って単純です。このように街を歩きながら、異変がないか確認します。もし異変があったり、不審者がいた場合は即座に対応します。Dランクの冒険者ならさして危険はないと思いますが、油断はしないようお願いします」

「テミス殿。巡回ルートについてはなにか決まりがあるのか?」

「巡回ルートについてですが、機密事項ですのでお答え出来ません。銀翼騎士団の団員が冒険者パーティに1人ずつ付いているのは、そのためです」


 なるほど、と透は思った。


 いくら実力のある冒険者を集めても、所詮は烏合の衆だ。

 日頃から訓練している騎士団のようには動けない。


 ならば冒険者パーティに司令塔として1人、騎士団員を加えようというのが、銀翼騎士団の方針だ。

 巡回ルートや警戒事項を頭に叩き込んでいる騎士団員が、班長として冒険者を誘導する。


 それならば、冒険者に機密を開示する必要がなく、機密流出の可能性を低減出来る。

 また団員が直接監視すれば、影に隠れて任務をサボる者も現われまい。


 一番手っ取り早く、かつ最大の効果が見込める方法だった。


「……となると、私たちはただテミス殿について回るだけなのか?」

「そうなりますね」

「うーむ。ずいぶんと緩いな」


 エステルの実直な感想に、テミスが苦笑した。

 透もエステルと同意見だ。


 仕事としては危険が少なく楽で良いが、これで報酬を貰って良いものかと不安になる。

 しかし、考え方を変えれば観光するだけでお金が貰える仕事とも言える。


 透はユステル王都を初めて訪れた。

 折角のチャンスなので、仕事を忘れない程度に王都を堪能しようと思うのだった。

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