第82話 指名依頼
翌日。朝練を行い朝食を取ったあと、透とエステルはギルドを訪れた。
オークの解体完了は明日である。
今日、ギルドを訪れたのは、新しい依頼を受けるためだ。
「昨日はちょっと失敗したから、今日はもう少し効率良く依頼を引き受けないとね」
先日オークを220匹狩ったが、依頼完了に必要だったのは5体だけ。
それ以上は、依頼達成には無関係となってしまった。
恒常以来と違い、通常の依頼は1枚で1回。
5匹討伐が条件なら、10匹狩ろうが100匹狩ろうが、1回分しかカウントされないのだ。
「少し狩りに手心を加えようとは考えないのか?」
「ない!」
透は劣等人だ。
劣等人である以上、他人よりも多く経験値を蓄えなければならない。
さらに透には『レベリングは高効率で行うべきだ』という持論がある。
幸い対オーク戦いは、怪我をしたり命を落とすといった事故が起こらぬ相手である。
命の危険がないのであれば、最高効率でのレベルアップを狙いたい。
220匹倒した昨日のレベリングで、透は2つレベルアップしていた。
○ステータス
トール・ミナスキ
レベル:31→33
種族:人 職業:剣士 副職:魔術師
位階:Ⅲ スキルポイント:516→536
ゴブリンを沢山倒してもレベルが上がり難くなっていたため、この成果に透は喜んだ。
(1週間レベリングを頑張ったらレベル40に乗せられそうなんだよねえ)
レベルが上がれば、命を落とすリスクも低くなる。
またスキルポイントが増えるので、命を守るためのスキルを取得しやすくなる。
レベルアップは、出来る時にやれるだけやってしまうべきだ。
倒したオークの大半が、クエストクリアに無関係になってしまったのはもったいなかった。
出来るならばレベリングをしながら、複数の依頼がクリア出来る。
そんな依頼を探して透が掲示板を眺めていると、
「トールさん、エステルさん。お早うございます」
受付嬢のマリィから声がかかった。
「マリィさん。お早うございます」
「お早う、マリィ」
「お二方、いま少々お時間よろしいですか?」
「「?」」
――なにかあったのか?
透とエステルが互いに見合った。
「実は、お二方に依頼があります」
「指名依頼か!」
エステルがパッと笑顔になる。
「指名依頼?」
「冒険者を指定して発注する依頼のことだ。指名依頼は実力者にしか発注されないという話だが、まさかこんなにも早く指名依頼を受けられるとは思わなかったぞ!」
「へぇ~」
喜ぶエステルを見て、透は『プロ野球のドラフトみたいなものか』と解釈した。
たしかにそれなら、指名されて喜ぶのも無理はない。
「トールは嬉しくないのか? 私たちが指名されたのだぞ?」
「うーん」
嬉しくないといえば嘘になる。
だが透は気がかりなことがあった。
「その依頼の内容は、なんですか?」
指名依頼は実力者にしか発注されないなら、透たちにその依頼をこなせるか。
透は劣等人だ。
そんな劣等人では、実力不足ではないか?
透は不安だった。
「今回の指名依頼ですが、内容は王都ユステルの警邏任務です」
「おおー、王都!」
「王都か……」
エアルガルドに来てから、透はまだフィンリスしか見たことがない。
フィンリスがこれほど大きく、発達した街であるのなら、王都はどんな街並みであるか。まず間違いなく、フィンリスよりスケールが大きいだろうと予想出来る。
(観光しないとっ!)
透は歓喜した。
しかし、透とは打って変わって、エステルの顔から喜びの色が消えた。
「今回の依頼は銀翼騎士団からのものです。王位継承権発表の儀が執り行われるということで、その警備に冒険者ギルドからも人を出して欲しいという要請がありました。
警備内容については、その性質上部外秘です。申し訳ありませんが、ギルドでお教え出来ることはないんです」
「銀翼騎士団?」
「銀翼騎士団とは、王都ユステルを守護する騎士部隊のことです。規模はまるで違いますが、フィンリスにおける衛兵のようなものとお考えください」
「なるほど。それで、警邏任務ってDランク冒険者にも務まる仕事なんですか?」
透が一番気にしているのは、そこだ。
自分達が指名されたことは嬉しい。だが、自分達に務まる仕事でなければ、引き受けても失敗するだけだ。
「ご安心ください。警邏はDランクの冒険者にも十分務まる内容です」
「なら、大丈夫そうですね。……エステル?」
エステルが先ほどから顎に手を当て、じっと考え込んでいる。
なにか気がかりでもあるのだろうか? 透がエステルに尋ねた。
「この依頼、引き受けても良いよね?」
「……Dはもうベテランといっても良いランクなのだし、そうだな、うん」
ブツブツと呟いたあと、エステルがなにかを振り切るように顔を上げた。
「その依頼、引き受けよう」
「ありがとうございます」
こうして、透らの王都行きが決定した。
王都ユステルは馬車で2日。徒歩で4日の距離にある。
警邏任務は4日後から開始と、かなりタイトなスケジュールだ。
ギルドからは馬車を使った移動を提案されたが、透はそれを断り、徒歩で向かうことにした。
理由は単純に、馬車の代金が高かったからだ。
王都に向かうのに銀貨5枚は、透には非常に高いと思えた。
銀貨5枚――5万円あれば、沖縄旅行が楽しめるのだ。
王都への片道切符に5万円は高すぎる。
「トール。間に合わなかったらどうするのだ……」
「大丈夫だよ。僕らなら、普通に間に合うから」
馬車の移動速度は約6キロから11キロと言われている。
徒歩よりは速いが、マラソンランナーよりは遅い。
レベルアップで向上した身体能力があれば、平均11キロ程度で走り続けるくらい造作もない。
王都に向かう準備を整え、リリィに挨拶を済ませる。
(専属料理人(とおる)がしばらく留守にすると知ったリリィは、しばし泣き顔で透を引き留めるのだった)
指名依頼を引き受けた翌日の早朝。
透らは、王都に向けて北門をくぐった。
「この道をまっすぐ行けば、いずれ王都にたどり着くぞ」
「それじゃあ、行こうか」
門をくぐったあと、透らは駆け足になった。
幸い、両者ともに<異空庫>持ちだ。
野宿するために必要なものはあらかた揃えたが、すべて<異空庫>に収納している。
おかげで、透らは身軽な状態で走ることができた。
はじめは体の調子を確かめるように。
次第に二人は加速していく。
「エステル、まだ行ける?」
「もちろん! トールは今の私について来られるかな?」
「おっ、言ったね?」
二人は笑いながら、まるでレースを繰り広げるように、王都への道を爆走する。
透もエステルも出会った頃から比べると、飛躍的に身体能力が向上した。
全力で走っても、そうそうに息切れを起こさない。
トップスピードでしばらく走り、やがて二人は長時間維持可能な速度に落ち着いた。
その速度で走っている限り、いつまでも走り続けられる速度だ。
辛くはなく、かといって走っているので楽ではない。
(この時間が何時間も続くのか……)
現在何キロで走っているかはわからないが、一日以上は走り続けることになる。
どこまでも続く平野を眺めるのも、飽きてしまった。
(マラソンランナーって、走ってるあいだなに考えてるんだろう? 長時間走ってて、暇じゃないのかな?)
ここにスマートフォンがあれば、透はネットを閲覧しながら走っていたに違いない。
それくらい、透は暇を持て余していた。
古代ギリシア人がそうだったように、肉体に余裕が生まれると、人は頭を働かせる。
頭を働かせた結果、透は思いついてしまった。
――もっと楽に移動出来、かつ効率的に訓練が出来る方法を。
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