第81話 アロンの帰還

 自らの執務室に戻ってきたフィンリス冒険者ギルドのギルドマスター、アロン・ディルムトは、目の前で頭を下げ続けるマリィに苦笑を浮かべていた。


「マスター。大変、申し訳ありませんでした」

「いや、いいよ。だからそろそろ顔を上げてよ」


 マリィが頭を下げているのは、アロンがいない間の対応についてだ。


 アロンは王都に出張していた。

 その間にフィンリスの森北部で、オークキングが発見された。


 オークキングはBランクの魔物だ。

 その高い防御力と、キングの指揮能力は、王都を守る銀翼騎士団であろうと対応に苦慮するほどだ。


 もし森を出てフィンリスの街に近づけば、甚大な被害が見込まれた。

 故に、緊急事態を想定して動いたマリィは、なにも間違っていない。


 むしろ、その判断の素早さは称賛に値する。

 街を防衛するためとはいえ、ギルドマスターのアロン不在の中、ただの職員がこのような肝の据わった判断など出来るものではない。


 国や地方貴族の傘下にある騎士団は、高い武力を持つ。しかし、事件が発生してから動くまでに時間がかかる。

 対して冒険者ギルドは、上と下で武力にばらつきはあるが、初動が早い。


 そのため、フィンリスの防衛に関して冒険者ギルドは、騎士団が動くまでの穴埋め的存在としての役割を求められている。


 つまりマリィは、冒険者ギルドの職員として、その役割を見事十全に全うしたのである。

 たとえ、討伐部隊が動く前にキングが討伐されてしまっていたのだとしても、だ。


「今回は運が悪かっただけで、あなたの行動はなにも間違っていませんよ。むしろ誇って欲しいくらいです」

「しかし、私の独断でギルドのお金を使ってしまいました」


 結局集めた冒険者を動かさずに済んだが、それでも招集した時点で幾ばくかの謝礼は支払っている。

 ただそれも、アロンに言わせれば必要経費である。


「問題ないよ。むしろ、冒険者ギルドはフィンリス防衛に全力を尽くす組織だって、周知させたことに意味があるんじゃないかな」


 防衛時に決してやってはいけないのは、なにも起こらない未来を前提に対応することだ。


 防衛とは、被害を小さく抑えるためのものではない。

 被害を〝出さない〟ためのものだ。

 なにも起こらない未来こそが、防衛が目指すべき最上の形である。


 その点、マリィの行動は最優である。

 ギルドマスターのアロンがいなかったにも関わらず、こうした行動がとれたのは、フィンリス襲撃直後だからか。


 逆に、責めを受けるべきはアロンである。

 受付部のチーフを空席にしたまま放置していた。


 受付部のチーフは、実務的にサブギルドマスターと同等の権力を持つ。

 ギルドの台所(おかね)を管理し、事務手続きを一手に引き受けているためだ。


(ギルドの体制を早急に安定させないといけませんねぇ)


 幸いにして、フィリップの後釜は決まっている。

 緊急事態において、その才覚の片鱗が現われた人物だ。


 実務経験に若干の不安は残るが、そんなものは、ギルドに務めていれば自然と身につく。大切なのは、情報を見極める目と、重要な決断を下す胆力である。


 フィンリスのギルドには、まだまだ優秀な人材がいる。

 それがわかっただけでも、アロンは安心してギルドを運営出来る。


「いやあ、ボクはボクで大変だったんだよ。王都のギルド本部でこってり絞られてねえ。やれ管理が不十分だの、やれマスターとしての自覚がうんぬんだの。つまらないお叱りを延々と受け続けちゃったよ。人間ってエルフより寿命が短いのに、相手を罵倒する時だけはエルフよりも大量に時間を浪費するよねぇ」

「はあ……」

「あっ、そうそう。王都土産を買ってきたから、これを皆に配っておいてね」

「……はあ」


 王都で売られているクッキイなる菓子を出すと、マリィが困惑の表情を浮かべた。

 緊急事態にギルドにいなかった奴からの土産を、どんな顔をして配れば良いのか? とでも思っているのだろう。


 しかし皆の働きを労うのも、皆に怨まれるのも、上司の務めである。

 アロンは笑みを浮かべながらマリィにクッキイを押しつける。


「ギルドで長々説教を受けたあとに、一つ依頼を貰ってね。来週、いよいよ王位継承権の順位が発表されるらしい」

「――ッ!!」


 何気なく口にした依頼に、マリィが眦を決した。

 王位継承権の発表は、ユステル王国にとって大きな出来事なのだ。


 王国には、現在三人の王子がいる。

 国王はまだ若いため、これからも王子が増える可能性はある。


 このタイミングで王位継承権の発表を行うということは、単純に王子に継承権を与えるだけではない。これ以降に生まれる王子に継承権を与えないという宣言にもなる。


 今後の王国の行く末を決定付ける発表だ。

 国をあげた、大々的なものになる。


「王都の警備を担当する銀翼騎士団からの依頼なんだけど、冒険者にも王都の警備を担当して欲しいそうなんだ」

「つまり、フィンリスのギルドからも人を出せ、ということですね」

「その通り」

「何名ほど必要なんですか?」


 アロンはぱちんと指を鳴らした。

 やはり、頭の回転が速い人物だと、話が早くて助かる。


「うちからは2名だ」


 マリィがほっと息を吐くのを、アロンは聞き逃さなかった。

 現在のフィンリスは、圧倒的に人手不足だ。


 冒険者の多くが、フィンリスの復興に関わる依頼にかり出されている。


 現在ギルドが閑散としているのは、信用問題のためだけではない。

 多くの冒険者が、長期雇用契約の依頼に携わっているためだ。


 建築に整備に資材搬入の護衛。

 現在ギルドは、猫の手も借りたいほどだった。


 多くの冒険者が王都にかり出されてしまえば、ギルドが引き受けている仕事に穴が空いてしまう。

 そうならずに済んで良かったと、彼女は安堵したのだ。


 実際、ギルド本部からアロンは、多くの冒険者を出せと言われた。

 しかし、フィンリスがこのような状況であるのだと説明をし、なんとか少数派遣で済むよう交渉した。


 その結果が、2名である。


 ふと、マリィが口を開いた。


「……もしかして、その2名は既に決定済みですか?」


 まるで、なにかに気づいたような顔をしている。

 勘が鋭い。

 アロンは満足げに笑みを浮かべながら、一枚の紙を引き出しから取り出した。


「ギルドからの指名依頼だ。これを2人に渡しておいて」

「……良いんですか? 他にも実力者は沢山いますが」

「もちろん」


 この依頼を聞いたとき、アロンはすでに人選を決めていた。


 これまであの2人組は、いくつかの問題を解決してきた。

 それらの問題はいずれも、放置すればフィンリスは致命的な状況に陥っていたものばかりだ。


 そして今回のキング討伐である。

 まるで神の加護を受けているかのようだ。


 ――いや、おそらく受けているのだろう……神の加護を。


 ならば、はなから答えは決まっている。

 神の加護があれば、どんな問題でも解決出来る。

 何故なら彼らは、神が選んだのだから……。


 とはいえ、今回は王都内での警邏任務だ。

 おまけに銀翼騎士団が厳重な警備を行う。


「実力はさして重要じゃないよ。それに銀翼騎士団がいるんだ。ギルドの実力者が必要になる大事件なんてまず起こらないさ」

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