第79話 おにくげっと

 鼻の査定時に判明したのだが、どうやら透たちは知らず知らずのうちに、討伐難易度Bランクの魔物を倒していたようだ。


 とはいえ、透はさして「強敵を倒した!」という実感がない。

 それはエステルも同じだった。


「エステルはオークキングを知ってた?」

「知っていたが、見たことはないな。だから、まさか今回の討伐に紛れ込んでいるとは思いもしなかったぞ」


 オークは分厚い脂肪に守られている。

 ロックワームと同じ、防御力が高いタイプの魔物だ。


 そのオークの集団に、キングが混ざると戦略が生まれる。

 人間の逃げ道を塞いだり、肉の壁で圧殺しようとする。


 通常の冒険者であれば、為す術なく殺される。

 防御力が高く、複数人で叩かなければ倒せないためだ。


 オークの大群を相手にするには、大勢の冒険者が必要だ。

 しかしトールらには、切れ味の良い武器があった。


 オークの分厚い脂肪をものともしない剣が二振り。

【魔剣】と、変異ミスリルの剣だ。


 この両者が、オークの強みを完全に殺した。

 透に至っては、オークの分厚い頭蓋骨さえ貫く矢を放った。


 また、透は《ロックニードル》でバリケードを作っていた。

 通常であれば四方から襲いかかられるところを、1方向からしか攻められないよう制限した。


 そのせいで、キング特有の戦略が、透らに一切通じなかった。


 オークにとって透らは、まさに天敵だった。

 脂肪の鎧がまるで通じず、戦略さえ使わせてくれない相手など、悪夢だったに違いない。


 透らにとっては、オークは相性の良い相手だった。


 このオークとオークキングが出現したことで、ギルドが騒然となった。そのことを、透はマリィから教わった。


 依頼を報告したあと、マリィが涙を流していた。


(そんなにキング討伐が嬉しかったんだなあ)


 さめざめと泣くマリィの下を離れ、透らは解体部を訪れた。

 ここは冒険者になってから、初めて使うギルド施設である。


「魔物の解体はここで行うのだぞ。解体したあとの魔物の素材は、ここでも買い取って貰えるのだ」

「へぇ~」


 透は解体部の部屋を、興味津々に眺める。

 壁には巨大なノコやノミ、金槌などが吊り下げられている。


 なにも知らなければ、ここは大工の仕事部屋かと思うはずだ。

 あるいは微かに残った血の臭いから、拷問部屋だと勘違いする者もいるかもしれない。


「おう、解体か?」


 透がマジマジと部屋を眺めていると、繋ぎを着た中年のギルド職員が現われた。

 職員は非常にガタイが良い。太い腕など、透をかるく絞め殺せそうである。


「はい。オークの解体をお願いします」

「了解。……って、オークはどこだよ?」

「あっ、出していいですか?」

「出してって……ああっ、お前あの<異空庫>使いか!」


 それまで眉間に皺を寄せていた職員が、パッと表情を明るくした。


「あの時はマジで助かった。俺ァ別にフィンリスの代表ってわけじゃないが、例を言うぜ」

「いえいえ。困った時はお互い様ですから」


 職員の言う『あの時』とは、フィンリス襲撃後のことだ。

 襲撃を受けた翌日から、フィンリスの再建が始まった。


 初めに手を付けるのは、焼け落ちた家屋の撤去だ。

 これは誰にでも出来る仕事である。

 職人も町人も、冒険者も商人も関係なく、皆煤だらけになりながら、家屋の撤去に精を出した。


 そんな中、透が<異空庫>を使って、瓦礫を迅速に撤去した。


 本来であれば<異空庫>を人前で使いたくはなかった。

 しかし、皆が煤だらけになりながら汗を流しているのを見て、透は<異空庫>を隠し通す気にはなれなかった。


 そこで隠し続ければ、人間として大切ななにかが、失われる気がしたのだ。


 透は<異空庫>を使い、瓦礫を撤去した。

 そのおかげか、


「もしなんかあれば、すぐに言ってくれ。微力だが、手を貸すぜ」

「ありがとうございます」


 ――透の味方になってくれる人が増えた。

 透はエアルガルドに来て、これまで東京では感じなかった人と人との繋がりのありがたみを、ひしひし感じるのだった。


(リッド。味方になってくれる人が、こんなにも増えたよ……)


 ややしんみりしてした透だが、やるべきことを思い出す。


「じゃあ、オークの解体をお願いします」

「おう」


 そう言うと、透は次々とオークを<異空庫>から取り出していった。


「お、おいおい……。お前いったい何匹狩ったんだよ!?」

「ええと、全部で217匹?」

「はぁっ!?」


 透の言葉で、職員が目を剥いた。

 討伐数は、マリィが麻袋に詰め込んだ鼻をきっちり数えたので、間違いない。


「トール。正確には220匹だ。3匹ほど透がダメにしてしまったのだぞ」

「あっ、そうだった……」


 いまではオークを綺麗に倒せるようになった透だが、はじめのうちはオーバーキルの連続だった。


 証明部位となる鼻さえあれば、討伐数に入れられる。だがその鼻さえ確保出来ないほど破壊してしまったオークもあった。

 ――それが、3匹である。


「な……何匹持ってきたんだ?」

「220匹狩りましたが、ダメにしてしまったものもあるので、220よりは少ないです。食肉用に確保したのは、ええと……150くらい?」

「…………」


 職員の顔から表情が消えた。

 彼の視線が虚空を舞う。焦点が、どこにも定まっていない。


「なんか、俺が手出ししなくても、お前は十分自分の身を守れそうだな」

「いえいえ。僕にも出来ないことはありますから」

「これだけのことをしておいて、なにが出来ないってんだよ……」

「……さあ?」


 透は首を傾げる。

 透は自分に何が出来て何が出来ないか、32年生きてたってわからなかった。


 苦手だと思っていることでも、チャレンジしてみたら意外に上手くいくことがある。

 その逆もまたしかり。

 何事も、チャレンジしないと本当のところはわからないのだ。


「それで、オークは全部出して大丈夫ですか?」

「ああ。ギリギリ行けると思うぞ。他の野郎も集めて解体するが、今日中には終わらんぞ。魔石やら肉やらの引き取りは、明後日にしてくれ」

「わかりました。あっ、先にお肉をひと塊頂けますか?」

「あいよっ」


 オークを職員が解体していく。

 その手際は見事の一言である。透が瞬きをする間に、皮が剥がされ、肉が骨から外されていくのだ。


 解体を見ているだけでも、時間が潰せそうだった。


 そうこうしているあいだに、職員が肉をひと塊、紙に包んで持ってきた。

 ここまで5分は経っていない。なかなかの早業である。


 とはいえ、すべてを解体し終えたわけではない。

 彼が解体したのは、あくまで透が希望した『肉ひと塊』分だ。


「待たせたな」

「いえいえ。ありがとうございます。それでは、また明後日」

「あいよ」


 肉を貰い<異空庫>に放り込み、エステルと共に帰路に就いたのだった。

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