第78話 部隊編成&解散

 日暮れ前の冒険者ギルドには、一種異様な雰囲気が漂っていた。

 建物内部には、久しぶりに冒険者が多数集まっていた。


 集まっている冒険者は、依頼を受理したわけでも、完了報告に来たわけでもない。

 ギルド職員が自らのツテを頼って、招集したのだ。


 集まった冒険者は、31名。

 計7チームからなる、オークキング討伐部隊が発足した。


 日が暮れると、フィンリスの門が閉まってしまう。

 そのため、実際に討伐に向かうのは明日になる。

 だがその前に、入念な打ち合わせを行う必要があった。


 キングがいる限り、オークは連携する。うまく立ち回らないと、冒険者に被害が出るのだ。


(明日も、キングは同じ場所にいるかしら……)


 マリィはそれが、気がかりだった。


 キングとの戦闘で、冒険者が傷付くことは勿論不安だ。

 キング討伐に赴ける実力者は、フィンリスの冒険者ギルドにとって重要な存在だ。

 決して失いたくない戦力である。


 集まった冒険者が傷付き、冒険業を離脱してしまうかもしれない。

 冒険者だけで倒せれば良いが、キングを倒しきれないかもしれない。


 かもしれない、かもしれない。

 マリィの頭の中で、仮定が回る。


(こんなにも、決断が苦しいものだとは思わなかったわ……)


 マリィには現在、直属の上司が存在しない。

 元上司であるフィリップが退職してから、受付部チーフは空席が続いている。


 現在マリィはチーフ代理としてまとめ役になっているが、実際に人を動かすのは初めてである。


 本来ならば、こういう事態にはギルドマスターが対処するべきだった。

 だが現在、ギルドマスターは王都に向かって不在だった。


 ギルドマスターがいない。

 実務的権限を持つチーフもいない。


 現在ギルドで人を動かす権限があるのは、マリィだけだった。


 ここは無理に動かず、ギルドマスターが戻ってくるまで様子を見るという選択肢もあった。

 しかしキング出現の一報を聞いたマリィは、動かないわけにはいかなかった。


 冒険者ギルドは、公僕たる騎士や衛兵が動かぬ事態に対処する組織だ。

 公僕では動くまでに時間がかかる事態に、迅速に対応する実働部隊だ。


 目の前にキングオークという災害級の魔物がいるのに、動かなければ冒険者ギルドの名折れである。


(何かあったとき、しっかり責任を取らないとね。ああ、どこかに私を雇ってくれて甘やかしてくれる、お金持ちの優しい男性はいないかしら……?)


 マリィが31名の冒険者を指揮するストレスに耐えかねて、妄想に逃げ込んでいたその時だった。

 ギルドの入り口から、二名の冒険者が姿を現わした。


(――トールさん!)


 その冒険者は、朝からオーク狩りに向かっていた、トールとエステルだった。


(よかった……、生きてたんですね)


 マリィはほっと安堵する。

 トールは元気な足取りでカウンターに向かって歩いて来た。

 その後ろをトボトボと付いてくる、エステルの目が今日も死んでいる。


 何があったか、マリィはなんとなく察した。

 ――トールがまた、なにかやらかしたのだ。


 以前トールらは、1週間ものあいだゴブリンを大量に討伐し続けた。

 普通の冒険者であれば1日1~2匹程度の討伐数であるところを、なんと1日で100~150匹も狩っていた。


 通常の100倍である。

 エステルの精神が、遠いどこかに飛んでいくのも無理はない。


「なんだか、すごい賑わってますね」

「お疲れ様ですトールさん、エステルさん。ええ。少し問題が発生しましたので」

「問題……?」


 トールが不安そうな表情を浮かべた。


「もしかして、依頼完了の報告は後にした方が良いですか?」

「いえ、確認いたします。ただ、申し訳ありませんが、別の職員が担当してもよろしいですか?」


 本来であれば、マリィが率先して確認を行いたかった。

 依頼の確認は、冒険者と関わる唯一の機会である。将来有望な冒険者との交わりを逃しては、なんのための受付業務であるか!


 しかし、現在マリィはキング討伐隊の冒険者に事情の説明を行わなければならない。

 残念ながらトールと関わる時間はなかった。


「そうですか。ええと、ギルドではオーク肉の買取ってやってますか?」

「やっておりますよ。オーク肉は、とても美味しいという話ですね。ただ、オーク肉は可食部が少ないことで有名です。もしお肉が必要であれば、解体のみの方がよろしいと思います」

「あっ、それは大丈夫です。沢山確保したので」


 よほど嬉しいのか、透が屈託なく笑った。

 その笑顔に、マリィが胸をときめかせる。


 しかし、すぐに「はっ」と我に返る。


「……沢山?」


 普通の冒険者ならば、さしておかしいと思わない台詞だ。

 しかしトールには前科がある。


(あの耳袋、まだ夢に出てくるんだけど……)


 所々血のシミがついた、ゴブリンの耳がパンパンに収まった袋を思いだし、マリィの背筋がぶるりと震えた。


 それだけ沢山オークを倒していたのなら……。


「マリィさん、確認はどこで行えば――」

「私が行います!」

「……えっ?」

「私が行います!! 討伐部隊の皆様は、少々お待ちください!」


 なにか、嫌な予感がする。

 マリィは自らの予感に従い、トールをカウンターに招いた。


「これなんですが」

「――っ!!」


 耳袋、再来。

 今度は耳ではなく鼻であるが、以前とまったく同じ見栄えの、おどろおどろしい麻袋がカウンターに置かれた。


 麻袋はパンパンに膨らんでいる。

 それを見ただけで腰が引けるマリィだったが、意を決して中を見る。


「ひえっ!?」


 沢山の鼻、鼻、鼻。

 麻袋の中には、数え切れないほど沢山のオークの鼻が詰め込まれていた。


 その一番上には、通常のものとは違う、一際大きな鼻が……。


「あっ……」


 それを見た瞬間、マリィは硬直した。


(これ、キングの鼻だ……)


 パッと見ただけで、マリィはそれがオークキングの鼻であることを悟った。

 そしてマリィは、


(集めた討伐部隊……どうしよう……!?)


 涙を浮かべて、頭を抱えるのだった。

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